三分文庫

爆走!AR魔剣とラクガキ戦争

「うおおおおお! すっげぇぇぇぇ! 世界が全部、俺のもんだぁぁ!」

「おいカケル! まだだ! まだてっぺんに行くな! キャリブレーションが終わってない!」

 錆びついた鉄骨が迷路のように入り組んだ、廃工場の最上層。地上三十メートル。夕焼けに染まるオレンジ色の空に、俺、カケルの叫び声が響き渡る。  眼下では、相棒のレンがノートパソコンを抱えてオロオロしているのが見えた。豆粒みたいにちっちゃいレンに向かって、俺はニカッと笑ってピースサインを送る。

「待ちきれるかよ! こんな最高のステージ、じっとしてろって方が無理だぜ!」

 俺は額に装着したARゴーグルのスイッチに指をかけた。  心臓がドクン、ドクンと早鐘を打つ。これから始まる冒険への期待で、体中の血が沸騰しそうだ。

「バカ! やめろカケル、座標がずれるぞ!」 「へへっ、細かいことは気にすんなって! スイッチ、オォォォン!」

 カチッ。

 その瞬間だ。  ブォン! という重低音とともに、視界が歪んだ。

 キィィィィィン!

 錆びた鉄の臭いが消え、代わりに電子的なオゾンの匂いが鼻を突く。ボロボロだったコンクリートの床には、蛍光グリーンのグリッドラインが走る。  赤茶けた鉄骨は、光り輝くネオンブルーの柱へと変貌した。

「うっひょオオオ! マジかよ、これ全部バーチャルか!? まるでゲームの中に入っちまったみたいだ!」

 俺はネオンの足場をドカドカと踏み鳴らす。硬い感触はそのままに、足元から光の波紋が広がるエフェクト。最高にクールだ!

「まったく……お前の無鉄砲さには呆れるよ」

 インカムからレンの溜息交じりの声が聞こえる。

「いいじゃねぇかレン! ほら見ろよ、あそこの壁!」

 俺が指さしたのは、以前この工場に忍び込んだときにチョークで描いたラクガキだ。  『ニコニコわんこ』。  丸い顔に点々の目、舌を出したマヌケな犬の絵。

 そのラクガキが、AR空間の中でプルプルと震え始めた。

 ポンッ!

 煙のようなエフェクトと共に、ラクガキが壁から飛び出してきた!  三次元になった『ニコニコわんこ』が、俺の足元にじゃれついてくる。

「おおっ! すげぇ! よしよし、いい子だな~」

 俺が頭を撫でようと手を伸ばした、その時だった。

 バギィッ!

 耳障りなノイズが走った。  わんこの身体に、黒いイナズマのような亀裂が走る。

「え?」

 バギバギバギッ! グググググッ!

 可愛い丸顔が、ありえない角度に裂けた。  愛嬌のあった瞳は真っ赤に充血し、小さな身体が風船のように膨れ上がる。  メリメリと筋肉が肥大化し、鋭い牙がズラリと並ぶ。

「ギシャアアアアアアアアッ!」

 もはや犬じゃない。それは、全身がバグの塊でできた、凶暴な獣だった!

「うわっ、マジかよ!?」 「カケル! 離れろ! データがバグって実体化してる! 攻撃してくるぞ!」

 レンの警告と同時に、獣の爪が俺の鼻先を掠めた。

 ガリィィィン!

 鉄骨から火花が散る。あと一センチずれてたら、俺の顔面がスライスされてたところだ。

「逃げろカケル! プログラムを修正するまで時間を稼ぐんだ!」 「了解ッ! 逃げるのは得意じゃねぇが、鬼ごっこなら負けねぇぞ!」

 ダダダダダッ!

 俺は光る鉄骨の上を全力疾走した。  風を切れ! もっと速く!  背後からは、獣の荒い鼻息と、鉄骨を削る爪の音が迫ってくる。

 ドガァッ! バキィッ!

 獣が暴れるたびに、AR空間のネオンが明滅し、現実の廃工場の風景がチラつく。現実と虚構が入り混じるスリル。  俺は膝をバネにして、大きく跳躍した。

「とうっ!」

 空中で一回転し、向かい側のプラットフォームに着地。靴底がキュッ! と音を立てる。  だが、獣のスピードは異常だった。  俺が着地した瞬間、すでに目の前にその巨大な影が覆いかぶさっていたのだ。

「グルルルルッ……!」

 涎を垂らす巨大な顎。逃げ場はない。後ろは断崖絶壁だ。

「くそっ、万事休すかよ……!」 「……いや、計算完了だ」

 インカムから、レンの冷静な声が響いた。

「カケル、足元を見ろ。そこにチョークが落ちてるはずだ」

 言われて視線を落とすと、確かに一本の白いチョークが転がっていた。

「逃げるのは性に合わねぇだろ? 反撃のコードを送った。最強の武器を描け!」 「へへっ、そうこなくっちゃな! サンキュー、相棒!」

 俺はチョークをひっつかみ、コンクリートの床に突き立てた。  獣が飛び掛かってくる。  その一瞬の隙に、俺は全身全霊を込めて腕を振るう!

 ガリガリガリガリガリッ!

 摩擦でチョークが砕け散る。指先が熱い。魂を込めろ! イメージしろ!  俺が描くのは、どんな硬い装甲もぶち抜く、最強の剣だ!

「出ろぉぉぉぉッ!」

 俺が描き殴った白い線が、バチバチッ! と激しい光を放つ。  光の粒子が渦を巻き、俺の手の中に収束していく。  ズシリと重い感触。

 カッ!

 閃光が晴れると、そこには身の丈ほどもある巨大な『AR魔剣』が握られていた!

「ギシャァッ!?」

 突然の光に、獣がたじろぐ。  俺は魔剣を両手で構え、ニヤリと笑った。

「悪いなポチ。散歩の時間は終わりだぜ!」

 俺は地面を蹴り、獣の懐へと飛び込んだ。

「いくぜぇぇぇ! バスター・スラァァァァッシュ!」

 ズバァァァァァン!

 極太の光の刃が、獣の身体を一刀両断にする。  断末魔を上げる暇もなく、獣の身体は無数の「0」と「1」の数字へと分解されていく。

 キラキラキラ……。

 光の粒子となって空へと溶けていくバグの残骸。  俺は残心を示しつつ、魔剣を肩に担いだ。  それと同時に、周囲の毒々しいアラート色が消え、元の静かなネオンブルーへと戻っていく。

「ふぅ……。やったな!」 「ああ。理論上ギリギリのタイミングだったけど、お前の反射神経に助けられたよ」

 下の階層からレンが駆け上がってきた。  俺たちは顔を見合わせ、バチンッ! と勢いよくハイタッチを交わす。  最高の気分だ。この手の中にある痺れこそが、生きている証だ!

「さて、飯でも食って帰るか……」

 俺がゴーグルを外そうと手をかけた、その時。

 ピピピピピッ!

 再び激しい警告音が鳴り響いた。  目の前に真っ赤なウィンドウがポップアップする。

『WARNING:地下エリアに巨大反応アリ』

 工場の床がゴゴゴゴ……と地響きを立て、地下へと続く隠し扉がゆっくりと開き始めた。  底知れぬ暗闇の奥から、さっきの獣とは比べ物にならないほど強大な気配が漂ってくる。

「……おいおい、マジかよ」

 俺は呆気にとられ、それからレンの方を見た。  レンは眼鏡の位置を直しながら、不敵に笑っている。

「どうやら、デバッグ作業はまだ終わらないみたいだね」 「へへっ、むしろここからが本番ってことかよ!」

 俺のワクワクは止まらない。  この暗闇の向こうには、まだ見ぬ強敵と、とびっきりの冒険が待っているんだ!

「行くぞレン! 遅れんじゃねぇぞ!」 「ああ、君こそ転ぶなよ!」

 俺たちは全速力で走り出した。  未知なる地下ダンジョンへ向かって、真っ逆さまに飛び込んでいく!

 俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ!

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