文化の日と土砂崩れとローラースケート
文化の日。祭りの喧騒とは無縁の、この寂れた商店街でも、年に一度の福引大会が細々と開かれることになっていた。主人公、佐藤健太、三十歳。芸人になる夢はとっくに諦め、実家であるこの町で、細々と、しかしどこか頼りなく生きていた。母、晴美に頼まれ、景品のおもちゃのローラースケートを会場に運ぶ。「でっかいローラースケートなんて、誰が欲しがるんだよ、母さん」健太は不満を漏らす。「あんた、文句言わないで!これは子供たちに夢を与えるんだから!」晴美は福引係のベテランだ。商店街は、シャッターが閉まったままの店が多く、祭りの準備もどこか手持ち無沙汰だった。
福引会場のテント設営を手伝っていると、空が急に暗くなった。ぐずついた天気だ。「まるで俺の芸風みたいに、パッとしない天気だな」健太が呟くと、商店街の会長、田中一郎が顔を上げた。「最近、山の調子がおかしいからな。ちょっと気になる」会長は、商店街の存続には人一倍熱心だが、その表情には珍しく陰りがあった。
福引が始まっても、集まったのは数えるほどの人々だった。健太は、母親に言われて、景品のローラースケートを展示していた。その時、遠くで地響きのような音が聞こえた。「なんの音だ? 盆踊り?」健太は呑気に呟いた。福引に並んでいた人々がざわめき始める。「今日、土砂崩れあったっけ? テレビでやってたかな」晴美が健太を睨んだ。「あんた、ちゃんとニュース見てるの!」
その瞬間、商店街の裏山が轟音と共に崩れ落ちた。幸い、人通りはまばらだったため、人的被害はなかった。しかし、商店街の入り口は、あっという間に土砂の壁で塞がれてしまった。健太は、景品だったローラースケートを履いていた。なぜか、母に言われて試着していたのだ。「なんだこれ、派手に転びそうだ」そう呟きながら、土砂の壁を乗り越えようと健太は駆け出した。しかし、ローラースケートの車輪は、ぬかるんだ土にすぐに取られ、あっけなく失敗。派手に尻餅をついた。
商店街に取り残された人々。福引の景品が、まさかこんな事態になるとは誰も予想していなかった。健太は、芸人時代のネタを思い出した。ローラースケートで、土砂の壁を迂回できる、秘密のルートがあるはずだ。「よし、俺に任せろ!」健太は気合を入れて、ローラースケートで土砂のデコボコ道を滑ろうとした。しかし、土砂崩れは予想以上に広範囲にわたっていた。ローラースケートは全く役に立たない。ガタガタと揺れ、健太は何度も転びそうになった。「健太、もういいから!」晴美が悲鳴のような声をあげる。会長の田中は、妙に達観した様子で言った。「これはこれで、文化の日らしい、平和な騒ぎですな」
結局、健太はローラースケートを脱ぎ捨てた。そして、皆でスコップを手に、土砂をかき分ける作業を手伝い始めた。地道な作業の結果、わずかな隙間が空き、人々はそこから脱出することができた。健太は、ローラースケートで派手に登場できなかったことを少し悔やみつつも、皆で協力して困難を乗り越えたことに、ささやかな満足感を覚えていた。商店街の片隅で、晴美が呟いた。「来年は、もっと派手な福引景品を用意しないとね」健太は、母親の言葉に、いつもの調子で返した。「母さん、俺の芸風は派手じゃなくて、じわじわ来るタイプなんだけどな」商店街の空には、いつの間にか晴れ間が戻っていた。