昼下がりの断罪

梅雨明け前の蒸し暑さが、郊外の一軒家をじっとりと包み込んでいた。昼下がり、佐倉陽菜は一人、食卓に向かい合っていた。夫の健一は、今日も残業だという。並べられたのは、健一の好物であるハンバーグ。湯気が立ち上り、食欲をそそるはずなのに、陽菜の心は晴れなかった。最近、健一の様子がおかしい。仕事が忙しいのか、それとも。

ふと、リビングに置かれた夫のスマートフォンの画面が、不意に光った。通知音。画面に表示されたのは、会社の同僚、宮沢玲奈の名前だった。普段なら、さして気にも留めない。けれど、その通知の頻度と、一瞬だけ見えたメッセージの内容に、陽菜は漠然とした不安を覚えた。胸の奥が、さざ波のようにざわめく。

夕方、健一が帰宅した。重い足取りでリビングのソファに腰を下ろす夫に、陽菜はいつものように夕食を準備する。けれど、健一の口数は少なく、どこか上の空。陽菜は、冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、無言で健一の前に置いた。先ほどのスマートフォンの通知。それを偶然、目にしてしまったのだ。夫に問い詰めることもできず、陽菜はただ静かに、食事を進めた。

窓の外は、急に空が暗くなり始めていた。遠くで、雷鳴が低く唸る。それはまるで、陽菜の心の中の淀みを映し出すかのようだった。

夜。健一がシャワーを浴びている隙に、陽菜は意を決して、玲奈に連絡を取った。軽い世間話のつもりだった。けれど、玲奈の返信は、陽菜の心を冷たく掻き乱すものだった。「健一さん、最近疲れてるみたいだけど、私といる時はいつも元気よ?」「あなたみたいに、家庭を守るのも大変でしょう?私みたいに、好きな人のために全てを捧げられたら、もっと幸せなのにね」。玲奈の言葉の端々には、健一への異常な執着と、陽菜への見下しが、隠されているようだった。陽菜は、その憎悪の匂いを、冷ややかに見抜いた。

窓の外では、激しい嵐が吹き荒れ、雨が窓ガラスを叩きつける音が、家の中に響き渡った。

健一が寝室で静かに眠りについた後、陽菜はキッチンへ向かった。冷蔵庫から、健一が好きなハンバーグを取り出し、フライパンで温め直す。しかし、そのハンバーグには、誰にも気づかれないように、あるものを混ぜ込んでいた。それは、健一への愛情が歪み、玲奈への底知れぬ憎しみが長年募った、陽菜自身の「毒」だった。陽菜は、玲奈の言葉を思い出し、静かに呟いた。「私の『昼』は、まだ終わらないわ」。嵐の音だけが、静まり返った家の中にかすかに響いている。

翌朝。健一は、いつも通り出勤しようとした。しかし、突然、激しい腹痛を訴え、その場に倒れてしまった。陽菜は、慌てた様子で夫を介抱する。けれど、その瞳には、一切の動揺も悲しみもなかった。ただ、一点を見つめている。窓の外は、嘘のように晴れ渡った青空が広がっていた。しかし、家の中には、重苦しい空気が漂っていた。

陽菜は、夫の傍らで静かに微笑んだ。これで、全ては終わったのだと。その時、陽菜のスマートフォンが鳴った。画面には、「宮沢玲奈」の文字。しかし、陽菜はそれを見ても、もう何も感じない。玲奈は、陽菜の静かな断罪に気づき、恐怖に震えているのかもしれない。だが、陽菜にとって、玲奈の「昼」は、もうとうに終わったのだから。

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