博物館のひみつと、まほうの卒業式

小学校の卒業を間近に控えたコトちゃんの胸は、期待と少しの寂しさでいっぱいだった。クラスの「卒業記念福利厚生」という、ちょっと大げさな名前の遠足で、みんなで街の博物館へ行くことになったのだ。

「わあ!すごい!」

博物館の扉をくぐった瞬間、コトちゃんの目はキラキラと輝いた。薄暗い展示室には、見たこともないようなものがたくさん並んでいる。中でも、部屋の中央にそびえ立つ巨大な恐竜の骨格標本は圧巻だった。首をぐっと伸ばし、まるで空を掴もうとしているかのようなその姿に、コトちゃんは釘付けになった。 「ねえ、この恐竜、かっこいいね!」 友達に話しかけられても、コトちゃんはなかなか恐竜から目を離せなかった。その足元で、博物館のおじいさんがニコニコしながら、静かに展示物を磨いている。

博物館の奥の、あまり人が通らない片隅に、コトちゃんは古びた木箱を見つけた。蓋には、色褪せた花の絵が描かれている。 「この博物館の宝物は、みんなの『ありがとう』の気持ちです」 箱の横に置かれた小さなプレートには、そう書かれていた。

「これは、みんなが博物館に来てくれた時の、嬉しい気持ちとか、楽しかった気持ちを、この箱に入れてくれるんだよ。そうするとね、展示物たちが、ちょっとだけ元気になってくれるんだ」

博物館のおじいさんが、コトちゃんの隣にやってきて、優しい声で教えてくれた。 「えっ、本当ですか?」 「本当とも。ありがとうの気持ちは、不思議な力を持っているからね」

コトちゃんは、お母さんやお父さん、そしてお世話になった先生への感謝の気持ちを思い出した。それから、今日の遠足に誘ってくれた友達の顔も。

「私も、ありがとう、って言いたいな!」

コトちゃんは、持っていたクレヨンと紙を取り出した。恐竜の骨格標本を見上げながら、「ありがとう、かっこいいね!」と、絵を描き始めた。力強い骨の形、そして、それに囲まれた自分の小さな姿。

絵を描き終え、それをそっと箱の中に入れると、不思議なことが起こり始めた。,

カシャ…

耳を澄ますと、恐竜の骨が、かすかにカシャカシャと音を立てたような気がした。気のせいかな、と思ったその時、壁にかかった古い肖像画の人物が、ほんの一瞬、ニコッとウィンクしたように見えたのだ。

「ねえ、なんか、博物館がキラキラしてる!」

友達も、コトちゃんと同じように、博物館の様子が変わったことに気づいたようだった。

「この博物館はね、みんなが訪れてくれた『ありがとう』でできているんだよ」

博物館のおじいさんが、コトちゃんの肩に手を置いて、穏やかな声で語りかけた。 「今日の卒業生たちの『ありがとう』は、きっとこの博物館を、もっともっと素敵にしてくれるはずだ」

コトちゃんは、恐竜の骨が、自分の「ありがとう」の絵で、本当に元気になったような気がした。そして、卒業式で、みんなに伝えたい大切なことを見つけたような気がした。

博物館での遠足は、あっという間に終わった。でも、コトちゃんの心には、温かいものが残っていた。それは、誰かに感謝する気持ちの温かさ、そして、その感謝の気持ちが、見えないところで世界を少しだけ変えてくれる、という不思議な感覚。

卒業式の日。

壇上に立ったコトちゃんは、少し緊張しながらも、はっきりとみんなに語りかけた。 「みんな、ありがとう。そして、今日まで、私たちのために頑張ってくれた、お父さんやお母さん、先生、それから、この街の博物館の、あの恐竜さんも、きっと喜んでくれてると思います!」

コトちゃんがそう言い終えた時、会場に飾られた桜の花が、ほんの少しだけ、キラリと輝いたように見えた。それは、コトちゃんにしか見えない、小さな魔法だったのかもしれない。コトちゃんは、博物館のひみつと、人への感謝の気持ちを胸に、新しい世界へと、力強く一歩を踏み出した。

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