叔父の遺産と貯金の神託
佐藤健一は、亡き叔父・吾郎の遺産相続を待っていた。叔父は生前、健一に散々金銭的な世話を焼き、「いつか必ず倍にして返す」と恩着せがましく言い、健一の強欲な心を煽り続けていた。健一は叔父の遺産で人生逆転を夢見ている。古びた一軒家には、叔父が収集した意味不明なガラクタイが散乱していた。埃まみれの書棚、蜘蛛の巣が張った天井、カビ臭い絨毯。その全てが、健一にとってはお宝の山に見えた。
叔父の遺品整理中、健一は書斎の奥で奇妙な金属製の箱を発見した。ずっしりとした重み。錆びついた留め金を開けると、中には古びた紙切れと、石ころのようなものが一つ。石ころは、どこにでも転がっているような、何の変哲もない、ごく普通の石ころだった。しかし、紙切れにはこう書かれていた。「我が貯金は、この神器に宿る」。
健一は叔父の奇妙な収集癖と「貯金」という言葉を結びつけた。叔父は生前、石ころのコレクションを「貯金」と呼び、その価値を信じ込ませることに歪んだ喜びを見出していたのだ。まさか、この石ころに隠された秘密があるのか? 健一の執念が燃え上がった。この「神器」こそが、叔父の遺産、倍にして返されるという約束の証なのではないか。
健一は「貯金」が石ころに宿ると信じ込み、銀行に相談した。「この石ころ、鑑定していただけませんか?」「ただの石ころですね」と、銀行員は事務的に、そして鼻で笑うように答えた。「私の叔父は、これを『神器』と呼んでいました。価値があるはずです」健一は食い下がったが、銀行員は無関心な目を向け、時折不気味な微笑みを浮かべるだけだった。古美術商やコレクターに接触しても、健一の慇懃無礼な話し方と、相手の無関心さ、あるいは怪しむような視線が対比され、健一の孤立感と異常性が際立つだけだった。健一は、この石ころの価値を証明しようと躍起になった。
ある日、健一は叔父の書斎の引き出しの奥から、一冊の日記を発見した。そこには、叔父が長年「貯金」と称して石ころを収集していたこと、そしてその中でも特に珍しいものを「神器」と呼び、健一に「これで大金持ちになれる」と信じ込ませていたことが記されていた。叔父は、健一の強欲な心を熟知していたのだ。日記の最後には、こう書かれていた。「健一、お前ならきっとこの『神器』の本当の価値に気づくだろう。私の貯金は、お前の努力次第だ」。
叔父が「貯金」と呼んだのは、石ころに「価値を見出す」という行為そのものだったのだ。健一は叔父の悪質で滑稽な悪戯に気づき、絶望した。オークション会場で、健一は「神器」の価値を証明しようと一人で立っていた。そこに、叔父の幻影が現れた。「お前は、この石ころに価値を見出すことができたか?」健一は叔父に「倍にして返す」という言葉で、生涯かけてこの「空っぽの貯金」を追いかけさせられたのだと悟った。手元に残ったのは、価値のない石ころと、叔父が仕込んだ「巧妙な貯金箱」。その中身は、見事に空っぽだった。健一は、叔父に一生をかけて弄ばれたことを悟り、虚無感に襲われた。叔父の遺産は、健一の欲を煽り、人生を狂わせるための壮大なジョークだったのだ。読者は、人間の愚かさと、それを嘲笑うかのような皮肉な結末に、嫌悪感を覚えるだろう。