鋼鉄の絆、デジタルな影

雨上がりの東京は、濡れたアスファルトに高層ビル群のネオンを映し、万華鏡のようにきらめいていた。佐伯健太は、その光景をぼんやりと見上げていた。かつては、この光景の一部となることを夢見ていた。友人で、今や急成長中のフィンテック企業「ネクスト・フロンティア」のCEOである高橋悠馬と共に。しかし今、健太は失業中の身だ。悠馬の会社から、不当な理由で解雇されたのだ。学生時代、二人は夜遅くまで語り合った。「いつか、この街を金融の力で変えよう」と。あの頃の熱情は、冷たい風に晒され、跡形もなく消え去ったかのようだった。

「健太、君には会社への貢献度に見合わない、些か特殊なスキルがありすぎたんだ。」

悠馬の言葉が蘇る。特殊なスキル、とは、二人が大学時代に共同で開発した、会社のシステムに深くアクセスできる秘密のバックドアプログラムのことだ。それを会社に知られたことで、悠馬は健太を「セキュリティ上の懸念」として解雇したのだ。友情の裏に隠された、冷たい計算。健太の胸に、鉛のような重さが沈む。

そんな折、ネクスト・フロンティアで大規模な顧客情報流出事件が発生した。世間はサイバー攻撃だと騒ぎ立てたが、健太は腑に落ちなかった。悠馬が、顧客データを不正に操作し、その隠蔽のために自分を切り捨てたのではないか? 友情という名の絆が、デジタルな欲望に汚されていく様を、健太は見過ごすことができなかった。

決意した健太は、あの頃を思い出す。悠馬との秘密のプログラム。それを使えば、会社のサーバーにアクセスできるかもしれない。高層ビルの谷間を縫うように歩き、健太は夜の闇に紛れた。悠馬のオフィスが入る、ひときわ高いビル。そこへ忍び込むのは、自殺行為に等しい。しかし、真実を確かめたい一心だった。

ビルの非常階段を駆け上がり、セキュリティシステムをかいくぐりながら、健太は心臓の鼓動が早まるのを感じていた。システムルームへの扉の前で、ふと立ち止まる。背後から、静かな声が響いた。「佐伯健太さんですね。」

振り返ると、一人の男が立っていた。黒いスーツに身を包み、鋭い眼光を放つ。悠馬の会社の内部監査室長、黒崎だった。健太は身構えたが、黒崎はただ静かに続けた。「あなたの行動は、私が把握しています。しかし、あなたが追求しようとしているのは、組織の不正。それならば、私も無関係ではいられません。」

黒崎は、健太のシステムへの侵入を幇助するかのように、監視カメラの死角をそっと示した。健太は、黒崎の言葉に背中を押され、決死の覚悟でサーバーにアクセスした。そして、衝撃的な事実を目の当たりにする。

悠馬は、顧客データを流出させたのではない。競合他社の機密情報を不正に取得し、それを元にインサイダー取引を行っていたのだ。そして、その不正を隠蔽するために、健太を会社から追い出し、さらには情報流出の濡れ衣を着せようとしていた。友情よりも、金と権力。悠馬の、あまりにも醜い本性が、デジタルな記録としてそこにあった。

健太は、その決定的な証拠を、黒崎に託した。黒崎は、無言で頷き、証拠を確保した。

翌日、ニュースはネクスト・フロンティアの不正取引と、CEO高橋悠馬の逮捕を報じた。高層ビルの窓から、健太は崩れゆく会社の姿を見つめた。友情は、デジタルな欲望の前にはあまりにも脆かった。真実を突きつけられた現実の重さに、健太はただ立ち尽くす。虚しい達成感だけが、夜の街へと消えていく彼の背中を、静かに照らしていた。

友情という名の絆が、デジタルな欲望と権力の前にはあまりにも無力であったこと、そしてその対価として払わされる犠牲の大きさを突きつける。

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