ひなたとふしぎな炊飯器

「さあ、ひなた、ご飯をよそってくれるかい?」

朝の光が鎌倉の台所に柔らかく差し込み、おじいちゃんの温かい声が響いた。ひなたは元気よく返事をして、食卓の椅子に飛び乗った。隣には、おじいちゃんが大切にしている、古びた炊飯器が鎮座している。銀色のボディは、長年の使用で鈍い光を放っていた。お米を炊くはずなのに、今日はなんだか、炊飯器から「ゴォーッ」と、遠い海の底から響いてくるような、不思議な音が聞こえてくる。

「おじいちゃん、この炊飯器、変な音がするよ」

ひなたが首をかしげると、おじいちゃんは「おお、それはな、わしが若い頃から使っている、古い炊飯器じゃ。色々な音を出すこともあるのう」と、優しく微笑んだ。

やがて、炊飯器のランプが消え、蓋が開けられた。しかし、そこから現れたのは、いつもの白いご飯ではなかった。葉っぱに包まれた、茶色くて土のような匂いのする、丸い「おにぎり」が一つ、どん、と置かれていたのだ。

「わー! これ、なあに?」

ひなたが目を輝かせると、おじいちゃんは遠い目をしてつぶやいた。

「おお、これは…わしの若い頃、山で食べたような匂いがするのう。懐かしいのう…」

ひなたは、そのおにぎりを手に取ってみた。ひんやりとした葉っぱの感触。そして、鼻をくすぐる、どこか懐かしい、風の匂い。それは、おじいちゃんが言ったように、遠い昔の、土と草の匂いがした。

「ねえ、ケンジを呼んで、このおにぎり、見せてあげようよ!」

ひなたは、おじいちゃんの許可を得て、すぐに友達のケンジを呼びに行った。ケンジは、ひなたの家に来るなり、その不思議なおにぎりを見て目を丸くした。

「うわー! なんだこれ? もしかして、宇宙から来たおにぎりかも!」

ケンジは興奮気味に言った。ひなたも、ケンジの言葉にドキドキした。二人は、そっとおにぎりを半分に割って、口に運んだ。

その瞬間だった。二人の目の前の景色が、ぐにゃりと歪んだ。

「うわっ!」

気づくと、二人は見慣れない場所に立っていた。荒涼とした大地が広がり、空には、地球とは違う、二つの月がぼんやりと浮かんでいる。遠くには、巨大なドームがいくつか見える。風は乾いていて、どこか寂しい匂いがした。

「ここは…どこ?」

ひなたとケンジは、顔を見合わせて青ざめた。

すると、空から「ピポッ、ピポッ」という電子音が響き、小さなロボットがスーッと二人の前に降りてきた。ロボットは、キラキラした目で二人に語りかけた。

「ようこそ、未来からの使者です。君たちの食卓に、未来からのメッセージを届けに来たよ」

「未来…?」

ロボットは、おにぎりを指差した。

「それは、過去からの贈りものです。この炊飯器は、未来の地球人が、失われかけた過去の食文化を研究するために作った、タイムスリップ機能付きのものなのです。そして、そのおにぎりは、未来ではもう、ほとんど食べることのできない、昔の人が一生懸命に育てたお米の味なのです」

「ええっ!」

ひなたとケンジは、驚きのあまり声を上げた。

「このお米は、未来では『命を繋ぐごはん』と呼ばれています。大地を耕し、命を育む、大切なエネルギー源です。この味を忘れないでください」

ロボットはそう言うと、再び空へと飛び去っていった。二人は、未来の「お米の味」を体験したのだ。それは、ただ美味しいというだけでなく、大地への感謝や、命を育むことの大切さを、静かに伝えてくるような味だった。

やがて、炊飯器の不思議な音は止み、二人は元の鎌倉の部屋に戻っていた。目の前には、おじいちゃんが炊いた、湯気の立つご飯と、温かい味噌汁が並んでいる。

ひなたは、おじいちゃんの作ったご飯を一口食べた。

「おいしいね!」

満面の笑みを浮かべたひなたの心には、未来の不思議な体験と、今、目の前にあるお米の温かい味が、しっかりと刻み込まれていた。おじいちゃんへの感謝の気持ちで、胸がいっぱいになった。

日々のささやかな朝食。その一つ一つに、過去から未来へと受け継がれる、命を育む力と、温かい営みが宿っているのだと、ひなたは確信した。

この記事をシェアする
このサイトについて