フリーターの佐藤健一は、日課の昼寝を楽しもうとソファに横になった。窓から差し込む午後の日差しは柔らかく、部屋は静寂に包まれている。まさに、至福のひとときが訪れようとしていた。…はずだった、と過去形で言うあたり、もう嫌な予感しかしねぇんだよな。

と、その時。隣家からけたたましい電話の声が響いてきた。壁越しに、受話器ごしに、隣家の奥さんの声が、まるで拡声器を通したかのように、健一の耳に直接届く。内容は、健一にはどうでもいい、近所の誰かの噂話か、あるいは孫の成長記録か、そんな類のものだろう。だが、その声量が半端じゃない。「あらー、〇〇さん！聞いてないわよ～！」「それでね、うちの健一さんがね…」って、おいおい、俺のこと勝手に話すな！昼寝の邪魔どころか、俺のプライベートまで侵食してきやがって！

健一は、まず耳栓を試した。しかし、それは奥さんの声の「増幅器」と化す始末。「あら、聞こえない？もっと大きな声で話せばいいのかしら！」なんて、違う！そうじゃない！次に音楽をかけた。お気に入りのロックバンドの爆音も、奥さんの声にはかき消される。布団を頭からかぶってみた。しかし、蒸れてくるだけで、声は容赦なく染み込んでくる。「あら、健一さん、お昼寝？いいわねー、私もしたいわ！」って、だから、そういうことを俺に直接言わなくていいから！昼寝どころではない。これはもう、音響兵器だろ。平和な午後は、完全に崩壊していた。

ある日、健一はついに堪忍袋の緒が切れた。もう、限界だ。決死の覚悟で、隣家へ向かう。玄関のドアノブに手をかける瞬間、「これで俺の昼寝ライフは終わるのか…いや、始まるのか！？」と、一人芝居を打つ。静かな午後のための、静かな戦いが今、始まる。しかし、ドアを開けた瞬間、奥さんが健一に話しかけてきた。「あら、健一さん！ちょうど来てくれたの！」と、満面の笑みで。その会話の最中、隣家の電話が鳴る。

「あら、〇〇さん。ええ、ちょうど今、隣の健一さんが遊びに来てくれたのよ！」と、奥さんは健一を巻き込んで、さらに大声で話し始めた。健一は、自分が昼寝を邪魔されていた騒音の発生源が、奥さんとの電話での会話だったことに、そして、その会話の相手が、健一自身だったという事実に、ようやく気づいた。どうやら、奥さんは健一が昼寝をしていることを知っていて、わざわざ「話題作り」のために、健一を呼び出していたらしい。健一は、静かにドアを閉め、自分の家に戻った。結局、昼寝はできなかった。…いや、むしろ、俺の昼寝は、奥さんの『話題作り』に利用されていたのだ。隣家の電話は、僕の昼寝を邪魔する。