最後のカーテンコール

『終焉のレクイエム』、撮影最終日。埃っぽいスタジオの空気が、張り詰めた静寂に包まれている。最後のシーン、それは愛と死の交錯する、物語のクライマックスだった。主演の黒崎蓮の瞳の奥には、過去の影が深く沈んでいる。隣に立つ若手女優、橘葵は、その影に惹かれ、そして苛まれている。二人の間には、役柄を超えた、煮えたぎるような感情が渦巻いていた。

「もっと、魂を削り出せ!」

監督の佐伯徹の声が、スタジオに響き渡る。完璧主義者の彼は、キャストを極限まで追い詰めることで、真実の演技を引き出そうとしていた。葵は、黒崎への抑えきれない愛憎を、黒崎は、過去の「死」にまつわるトラウマを、互いにぶつけ合う。黒崎の演技は、単なる芝居ではなかった。それは、彼が抱える痛みの叫びだった。葵は、その叫びを聞くたびに、自身の心も引き裂かれるような感覚に襲われた。彼への愛なのか、憎しみなのか、もはや自分でも分からなくなっていた。二人の感情の境界線は、溶けていく。

「カット!」

佐伯の声が、ついに最後のテイクを告げた。それは、互いの「死」を望む、愛し合う二人の悲劇的な場面。演技のはずだった。しかし、黒崎は、その役柄と自身のトラウマが渾然一体となった衝動に突き動かされ、葵に向かって叫んだ。

「お前が死ねばよかったんだ!」

その言葉は、凍てつくような冷たさと、燃え盛るような激情を孕んでいた。葵は、その言葉に、長年抑え込んできた感情をぶつけるように、叫び返した。

「あなたのために死ぬなら本望よ!」

愛と憎しみが、激しい嵐のようにスタジオを吹き荒れた。黒崎は、その場に崩れ落ちた。葵は、泣き叫びながら彼の元へ駆け寄る。それは、もはや演技ではなかった。二人の魂が、剥き出しのまま、互いを求め、傷つけ合っていた。嗚咽と怒号が入り混じり、スタジオは混沌の渦に包まれた。

撮影は終わった。しかし、スタジオに残された空気は、重く、そして痛々しかった。葵は、黒崎の楽屋の前で立ち尽くしていた。震える手でドアを開けると、そこにいたのは黒崎ではなく、佐伯監督だった。

「これで、俺の『傑作』は完成した」

佐伯は、不気味な笑みを浮かべた。葵は、一瞬、黒崎の叫びがトラウマからくるものだったのか、それとも監督の歪んだ演出だったのか、混乱した。だが、すぐに、黒崎への激しい愛憎が胸を締め付けた。彼女は、何も言わず、ただスタジオを後にした。その瞳には、激しい感情の奔流と、それを乗り越えようとする、かすかな決意の光が灯っていた。映画の完成は、登場人物たちの感情の爆発という、痛ましい代償の上に成り立っていた。最後のカーテンコールは、静かに、しかし強烈な余韻を残して、幕を閉じた。

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