最後のデザイン
運動会当日。小学校の空は、抜けるような青だった。佐藤健太先生は、朝から妙にそわそわしていた。校庭の隅で、子供たちが運動会の開会式のために列を作っている。そのユニフォームのデザインが、どうにもこうにも健太の目には「微妙にダサい」と映った。しかし、子供たちは「先生、このデザイン、かっこいい!」と歓声を上げている。健太は内心、複雑な思いを抱えていた。
このユニフォームのデザインは、15年前の運動会での出来事に端を発していた。健太は、当時憧れていた同級生に「次は君がデザインしたものを見せて」と言われた。その言葉を胸に、健太はリレーのアンカーとしてバトンを受けた。しかし、ゴール目前、転んでしまったのだ。最下位。約束を果たせぬまま、過去の栄光(?)は土煙と共に消えた。以来、健太はこのユニフォームのデザインをするたびに、あの日の屈辱と後悔が蘇るのだ。子供たちの賞賛に、健太は必死で笑顔を振りまいた。「そ、そうか?ありがとう!先生も気に入ってるんだ、このデザイン!」空回りする弁舌が、かえって子供たちの笑いを誘った。
午前中の競技が終わり、昼休み。弁当を広げる健太の元に、小学5年生の田中花子がやってきた。「先生」
「どうした、花子?」
花子は、少し躊躇いがちに言った。「あの、先生が転んだ時の運動会のビデオ、私、持ってます」
健太は息を呑んだ。花子が、健太が落ち込んでいる時に、そっと見せてくれたのだ。あの日の、無様な姿。
「先生、この時、すごく悔しそうな顔してました。でも、この後、先生のデザイン、すごいって褒めてた人がいましたよ」
「え?俺のデザイン?」健太は記憶を探ったが、誰だったか思い出せない。
そこへ、同僚の山田先生が飄々とした足取りでやってきた。「お、佐藤。まだあの時の約束、覚えてるのか?お前のデザイン、結構評判良かったぜ」
「え?山田先生、あの時…」健太は混乱した。ユニフォームのデザインのことか?それとも…?
ふと、健太の脳裏に閃いた。あの同級生が言った「デザイン」とは、ユニフォームのことではなく、自分の「走りのデザイン」、つまり走り方そのものを指していたのではないか?花子がビデオを持っているのは、健太が過去の失敗に囚われているのを見て、何か力になりたいと思ったからに違いない。彼女の観察眼は鋭い。
午後のプログラム、リレーの時間が迫っていた。健太は、自分が走るわけではないのに、異常に緊張していた。健太のクラスの代表選手たちが、健太のクラスのユニフォームを身にまとい、スタートラインに並ぶ。
選手宣誓。健太は、マイクの前に立った。「宣誓!我々選手一同は、スポーツマンシップにのっとり、最後まで諦めず、全力を尽くし、最高のデザインの走りをします!」
子供たちは「先生、かっこいい!」と歓声を上げた。しかし、健太の心臓は早鐘のように鳴っていた。過去の失敗のフラッシュバック。足がすくむ。
「おい、佐藤」山田先生が肩を叩いた。「お前のデザインしたユニフォームを着てるんだ。お前も走るんだよ、気持ちでな」
健太は、山田先生の言葉に、静かに頷いた。
リレーが始まった。健太のクラスは、アンカーまで僅差でトップを走っていた。そして、バトンはアンカーの生徒の手に渡った。その瞬間、生徒がぐらりと体勢を崩した。転びそうになる。
「ダメだ!」健太は思わず叫んだ。しかし、生徒は転ばなかった。健太が15年前に転んだ場所を、まるで健太が描いた「走り」のデザインをなぞるかのように、華麗に駆け抜けたのだ。そして、ゴール前、最後の力を振り絞り、見事一位でゴールテープを切った。校庭は、歓声の渦に包まれた。
健太は、生徒の走りに、過去の自分を乗り越えたような感覚を覚えた。あの時、同級生が言った「デザイン」とは、ユニフォームのデザインだけではなかった。生徒たちがユニフォームのデザインに込めた「勇気」というエッセンスを、走りで表現してくれたのだ。健太は、生徒たちの輝く笑顔、そして未来へ向かって力強く駆け出す彼らの姿に、自身の教師としての新たな「デザイン」を見出した。感動に、胸が熱くなった。
運動会が終わり、片付けをする健太の元に、花子がやってきた。「先生、今日、最高のデザインの走りでした!」
健太は、花子に「ありがとう」と伝えた。生徒たちのユニフォームのデザインを、改めて眺める。あの時、憧れの同級生が言った「デザイン」とは、ユニフォームのデザインだけでなく、生徒たちの未来のデザイン、そして教師としての自分の成長という「人生のデザイン」をも含んでいたのだと、今、ようやく理解できた。
「まあ、悪くないデザインだったな」
山田先生の声に、健太は顔を上げた。二人は、笑い合った。健太は、過去の自分に静かに別れを告げ、生徒たちと共に未来へ向かって歩き出す決意を固めていた。