星屑の宿場町
旧江戸の片隅に、源の古道具屋はひっそりと佇んでいた。店には埃が厚く積もり、かつての賑わいを偲ばせるものといえば、色褪せた看板と、軋む床の音くらいだった。源は、年季の入った箒を手に、静かに床を掃いている。窓の外には、かつて星間航行の拠点として栄華を極めたという旧江戸の宿場町が、今は寂れた姿で広がっていた。星間移住の波にも乗り遅れ、辺境の地となったこの町には、もうかつての活気はなかった。侍、農民、職人、商人の四民が、古き身分制度の名残りを引きずりながら、細々と暮らしていた。
ある日、源は店の片隅に置かれたままになっていた古い木箱を手に取った。それは、彼がまだ若く、故郷を離れて夢を追っていた頃、母親が「いつか、お前が遠いところへ行く時のために」とくれたものだった。開かれた箱の中には、色褪せた布切れと、奇妙な模様が刻まれた石が入っていた。その石に触れた瞬間、源の脳裏に、鮮明な「悪夢」の断片が蘇った。それは、故郷の星が崩壊し、人々が悲鳴を上げる光景だった。しかし、それは本当に悪夢だったのか、それとも過去の記憶なのか、源自身も曖昧になっていた。石に触れた指先から、熱とも冷たさともつかない奇妙な感覚が走り、崩壊の瞬間の閃光が目に焼き付くようだった。
源は、箱の中の石に刻まれた模様が、かつてこの星で使われていた紋様と似ていることに気づいた。それは、この辺境の地でも、かつての秩序や身分制度の名残りが、形を変えて残っているかのようだった。さらに、石に触れると、故郷の星の風景がフラッシュバックのように蘇る。それは、彼が「悪夢」と呼んでいた記憶と結びついていた。源は、この石が単なる石ではなく、故郷の星の断片、あるいは記憶を宿した遺物なのではないかと考え始めた。彼は、この石に「懐かしさ」を感じながらも、同時に、その記憶がもたらす痛みと向き合うことになった。店に訪れる数少ない客――かつての農民や職人の末裔たち――との静かな会話を通して、源は、この辺境の地でも人々がそれぞれの「懐かしさ」や失われた記憶を抱えながら生きていることを知った。
源は、石に宿る記憶の力を使って、故郷の星の「真実」に触れようと試みた。それは、悪夢ではなかったのだ。故郷の星は、ある時、予測不能な宇宙現象によって崩壊し、多くの人々が命を落とした。源自身も、その混乱の中で母親とはぐれ、悲鳴と炎に包まれる故郷を後に、この辺境の地に流れ着いたのだった。石は、故郷の星の崩壊を記録した「記憶媒体」のようなものだったのだ。源は、その記憶と向き合い、失われた故郷への「懐かしさ」と、そこで失われた命への哀悼の念に深く沈んだ。しかし、それは同時に、彼が過去から一歩踏み出すための決意を促す瞬間でもあった。
源は、木箱と石を店の奥に静かにしまった。故郷の星が失われたことは悲しい。だが、その記憶を抱えながら、この旧江戸で生きていくことを、源は静かに受け入れることにした。窓の外の寂れた宿場町は、かつての面影はない。だが、そこには今を生きる人々の営みがあった。源は、箒を手に取り、再び店の床を掃き始める。星屑のように散らばった記憶と「懐かしさ」を胸に、彼は静かに、しかし確かに、この「今」を生きることを決意する。広大な宇宙に溶けていくような、静かで穏やかな余韻が、旧江戸の町に広がっていった。