土間の祟り

数十年ぶりに、健一は山奥の実家に戻ってきた。湿った土の匂いと、古びた木材の軋む音が、窓のない暗い部屋を満たしている。亡き祖母の遺品整理という名目だったが、健一にとっては、この忌まわしい場所からの、文字通りの「解放」だった。都市部での生活に慣れきった彼にとって、ここは過去の遺物であり、埃と蜘蛛の巣にまみれた、ただの古い家屋でしかなかった。祖母が遺した「土間には絶対触るな、祟られる」という言葉。健一はそれを、鼻で笑った。迷信だ。時代遅れの、滑稽な迷信。家の老朽化も、この古臭さも、すべては土間という存在のせいだとさえ思っていた。現代的な水回りを導入し、間取りも一新する。そんな計画を立てながら、健一は祖母の遺言など、まるで存在しないかのように振る舞った。

「やめた方がいいよ」

近所のおばあさんが、心配そうにそう言った。顔見知りの男たちも、揃って首を横に振る。

「おばあさんの言うことには、昔からの意味があるんだ」

「そうそう、土間は家の肝だからな」

健一は、彼らの言葉を、耳を素通りさせた。彼らにとっては、それが「信仰」であり、生活の一部なのだろう。だが、健一にとっては、ただの非合理的な「迷信」に過ぎなかった。改築の計画は着々と進み、邪魔な土間を撤去する日が迫る。土間を覗き込むと、そこには、無造作に敷かれた石畳の隙間から、黒ずんだ土器の破片が覗いていた。不気味な文様が、かすかに刻まれている。縄文時代の遺物だろうか。健一はそれを、単なる「古物」として、何の意味も持たないものとして、軽視した。

重機が唸りを上げ、土間を掘り返し始めた途端、奇妙な出来事が次々と起こった。まず、健一自身が原因不明の激しい悪寒に襲われた。熱はないのに、全身が凍りつくような感覚。続いて、近所の飼い猫が、数匹、原因不明の死を遂げた。そして、集落全体に、得体の知れない疫病が蔓延し始めたのだ。高熱、激しい咳、そして全身に現れる奇妙な発疹。健一は、土間を荒らしたことが原因だと、直感的に悟った。しかし、時すでに遅し。土間から掘り出された土器の破片は、村の古老によれば、古代の祭祀に使われた「呪具」であり、それを穢す行為が、集落全体に災いを招くという、忌まわしい伝説があったのだ。それでも、健一は最後まで、それを科学では説明できない「迷信」だと、退けようとした。

村は、文字通り壊滅した。住民の多くは病に倒れ、家々は打ち捨てられた。健一もまた、あの忌まわしい疫病に倒れた。意識が朦朧とする中、彼の傍らには、土間から掘り出された、あの不気味な文様が刻まれた土器の破片が置かれていた。その文様が、まるで生きているかのように、彼の目に焼き付いていく。過去の文明への敬意を欠いた、現代人の傲慢さ。科学では解明できない、人間の根源的な恐怖。健一は、死の淵から、それをまざまざと見せつけられていた。誰が、何が、彼を、そして村を祟ったのか。それは、物理的な存在ではなかったのかもしれない。人間の内なる傲慢さが、見えない力となって、彼らを滅ぼしたのだ。土器の文様が、彼の意識と共に、静かに闇へと沈んでいった。

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