まどぎわのピクルスくん

古びたカフェの、ひときわ大きな窓辺。窓の外には、季節の花が咲き乱れる小さな庭が広がっている。その窓辺に置かれた、色とりどりの野菜が漬け込まれたピクルス瓶。その中に、ピクルスくんは住んでいた。きゅうり、パプリカ、玉ねぎ、カリフラワー。色とりどりの野菜たちが、琥珀色の液体の中でぷかぷかと浮かんでいる。ピクルスくんは、その瓶の中に住む、ちっちゃな住人だった。

瓶の中の世界は、まあ、悪くはなかった。しょっちゅう、店員のお姉さんが瓶を手に取り、優しく撫でるように布で拭いてくれる。そのたびに、瓶の中の液体がゆらゆらと揺れ、ピクルスくんも一緒にゆらゆらと揺れる。そして、また窓辺に戻される。窓の外には、いつも、きらきらと輝く庭が広がっている。季節ごとに色を変える花々、風にそよぐ葉っぱ、そして、時折現れる小さな生き物たち。ピクルスくんは、その庭を眺めるのが日課だった。でも、瓶から出られない。ただ、眺めているだけ。そのことに、少しずつ飽き飽きしていた。

「ああ、あの、あの花、きれいだなあ…」

ピクルスくんは、瓶のガラス越しに、庭に咲く真っ赤なバラを眺めて、ため息をついた。瓶の中の、あの、あの、あの、いつもの光景も、悪くはないけれど。

ある日、いつものように庭を眺めていると、ひらひらと、鮮やかな羽を持ったものが、窓に近づいてきた。それは、一匹のちょうちょだった。ちょうちょは、窓の外から、興味深そうに瓶の中を覗き込んでいる。

「わあ…!」

ピクルスくんは、思わず声を上げた。瓶の中から、自分に興味を持ってくれるものが現れたのだ。ドキドキが止まらない。いつもなら、ただ眺めているだけ。でも、今日はなんだか、違う。

「や、やあ!」

勇気を出して、声をかけてみた。少しどもってしまったけれど、ちゃんと声は出た。ちょうちょは、ピクルスくんの声に反応したかのように、羽をパタパタと動かした。まるで、嬉しそうに。

「こ、こんにちは!」

もう一度、声をかける。ちょうちょは、ふわりと宙に舞い上がり、瓶の周りをくるくると回るように飛んだ。その羽は、まるで宝石のようにきらきらと光っている。

「ふわふわ…ひらひら…」

ピクルスくんは、ちょうちょの動きを見ながら、心の中でオノマトペを唱えた。ちょうちょは、瓶のガラスにそっと止まり、ピクルスくんをじっと見つめている。その視線は、好奇心と、そして、ほんの少しの優しさに満ちているように見えた。

「わあ、きれ、きれいな、はね…」

ピクルスくんは、感嘆の声を漏らした。店員さんも、そんな二人の様子を、カウンターから微笑ましく見守っている。その笑顔は、いつも以上に温かい気がした。

その日から、ちょうちょは時々、カフェの窓辺にやってくるようになった。ピクルスくんとちょうちょは、言葉を交わすことはないけれど、瓶越しに、お互いの存在を感じ合っていた。ピクルスくんは、瓶の中の世界にも、少しずつ彩りが加わったような気がしていた。

そんなある日、外は激しい雨になった。窓の外の庭は、雨粒に濡れて、いつもとは違う、しっとりとした輝きを放っている。ピクルスくんは、窓の外を眺めながら、少し寂しさを感じていた。ちょうちょは、今日は来てくれるだろうか。

すると、雨宿りのように、ちょうちょが瓶の近くの窓枠に止まった。羽は少し濡れているようだ。

「あ…ちょうちょさん…!」

ピクルスくんは、胸が高鳴った。そして、ふと、瓶の底に転がっていた、一番お気に入りの、小さなきゅうりを思い出した。

「ど、どうぞ…!」

ピクルスくんは、震える声で言った。そして、渾身の力で、そのきゅうりを瓶の底から、えいっ!と転がした。きゅうりは、瓶の中を転がり、そして、窓のわずかな隙間から、そっと、外へと押し出された。

ちょうちょは、ピクルスくんの行動に驚いたようだったが、すぐにそのきゅうりに近づき、優しく、ほんの少しだけ、かじった。

「……!」

その瞬間、ピクルスくんの心の中に、今まで感じたことのない、温かいものが、じんわりと広がっていくのが分かった。それは、優しさ、というよりも、もっと、もっと、温かい、何かだった。

雨が上がり、空には美しい虹がかかっていた。ピクルスくんは、ちょうちょとの、あの小さな交流を思い出し、満ち足りた気持ちになっていた。瓶の中にいても、外の世界と、こうして繋がることができるのだと知ったのだ。

店員さんは、ピクルスくんの瓶が、いつもよりも、キラキラと輝いて見えることに気づいた。そして、優しく微笑んだ。

ピクルスくんは、これからも、この窓辺で、外の景色を眺め、そして、いつかまた会えるかもしれない新しい友達との出会いを、静かに、穏やかに、楽しみに待っていようと思った。また明日も、ちょうちょさんは来てくれるかな?

ピクルスくんは、きらきら光る瓶の中で、そっと窓の外を見つめました。カフェの窓辺には、今日もピクルスくんと、時折訪れるちょうちょの、静かで温かい時間が、ゆっくりと流れていました。

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