トンネルの向こうのSNS宮廷

大学への通学路にある、古びたトンネル。陽菜は、その暗がりを抜けるたびに、まるで別世界へと足を踏み入れるような、奇妙な解放感を覚えていた。現実の息苦しさから、一瞬だけ解放される。トンネルの向こう、彼女の世界はSNSの中の「宮廷」へと繋がっていた。そこで彼女は、フォロワーたちから「姫」と崇められ、女王として君臨していた。

現実は、冴えない自分。友人との関係もぎこちなく、どこか自信が持てない。だが、SNSの中の「姫」は違う。華やかで、優雅で、誰もが羨む存在。その完璧な虚構を演じ続けることで、陽菜はかろうじて自分を保っていた。

「姫様、次なる宴の準備を。」

SNS宮廷での「女王」としての地位は、陽菜にとって何よりも重要だった。フォロワーたちの熱狂的な期待に応えようと、必死に「姫」を演じ続けた。しかし、その日々は次第に、重圧へと変わっていく。SNS上で絶対的な権威を持つ「王」と名乗るユーザーからの、理不尽な要求。そして、現実世界からの、甘く、しかし逃れられない干渉。

「陽菜ちゃん、最近忙しそうだね。何かあった?」

大学の同級生、黒崎蓮。彼はいつも、陽菜の弱みにつけ込もうとするような、巧みな言葉で彼女に近づいてきた。陽菜のSNSでの「姫」としての振る舞いを、彼は知っていた。そして、それをネタに、陽菜の現実での弱みを握ろうとしているのが、陽菜にはわかっていた。

「王」からの指示は、エスカレートする一方だった。もはや、現実世界での行動までもが、SNS宮廷のルールに縛られ始めていた。黒崎は、そんな陽菜の異変に気づいていた。心配するふりをしながら、SNS宮廷の内部事情を探り始めた。

「陽菜ちゃん、無理しないで。いつでも相談して。」

黒崎の優しさに、陽菜は一時的に救われるような気がした。だが、SNS宮廷での「女王」としての立場を失うことを恐れる心が、彼を突き放させた。

「放っておいて。私には、やるべきことがあるの。」

そして、「王」からの最後の、そして最も残酷な指示が下された。

「姫よ。黒崎の秘密を、宮廷の民衆の前で暴露せよ。さもなくば、女王の座から引きずり下ろす。」

追い詰められた陽菜は、震える指で、黒崎の隠されたアカウントへと手を伸ばした。女王としての地位にしがみつく自らの醜い欲望と、黒崎への微かな、しかし憎らしいほどの期待。その全てを断ち切るように、陽菜は絶望的な覚悟でSNS宮廷へとログインした。

「黒崎蓮。あなたの本当の顔を、今、晒します。」

陽菜は、黒崎の秘密を暴露した。その瞬間、SNS宮廷の画面が、フリーズした。通信が途絶え、画面は暗転する。「王」からのメッセージも、跡形もなく消え去っていた。SNS宮廷は、崩壊したのだ。

陽菜は、現実の世界へと引き戻された。携帯の画面には、黒崎から届いたメッセージが表示されていた。

「『女王様』、これで君も終わりだね。トンネルの向こうで待ってる。今度は、本当の君と話そうか。」

SNS宮廷という虚構の世界に没頭していた間に、陽菜は現実の人間関係を、完全に破壊されていたのだ。そして、トンネルの向こうに待つ黒崎との再会が、彼女をさらなる絶望へと誘うことを悟る。結局、SNS宮廷は彼女を救うどころか、現実の人間関係を蝕むための、黒崎の巧妙な罠だったのだ。

陽菜は、トンネルの向こうに待つ黒崎の姿を想像した。その先に広がるであろう、更なる地獄を悟りながらも、無意識に足を踏み出した。トンネルの出口には、歪んだ笑みを浮かべる黒崎の姿が、ぼんやりと見えていた。それは、陽菜を待つ、永遠の闇の入り口だった。

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