生徒会長の秘密

溜息が、生徒会室の静寂に吸い込まれた。佐藤陽菜は、配布物の封筒に宛名シールを貼りながら、眉間に皺を寄せている。明日が、生徒会費の納入期限だというのに、このままでは文化祭の準備資金が足りなくなるかもしれない。楽しみにしていた、あの企画が…。

「お、会長、お疲れ様ー!」

軽快な声と共に、田中健太が勢いよく部屋に入ってきた。幼馴染である彼は、陽菜の様子を伺うように、ニヤリと笑う。

「健太、入る前にノックくらいしてよ」

陽菜は、冷たく言い放ったが、その声にはいつもの鋭さがなかった。

「だって、陽菜が一人で悩んでる顔見てると、ほっとけなくてさ。なんかあった?」

健太の言葉に、陽菜の肩から力が抜けた。誰にも言えない、胸の奥の重たさ。それは、亡くなった祖母の葬儀代に、生徒会費を充ててしまったこと。

「…実はね、健太」

陽菜は、ぽつりぽつりと、胸の内を語り始めた。祖母は、陽菜にとって人生の『賢者』のような存在だった。その最期に、生徒会長としての責任よりも、孫としての情が勝ってしまったのだ。秘密を打ち明けることで、張り詰めていた糸が切れそうになるほどの孤独感と寂しさが、一気に押し寄せてきた。健太は、陽菜の苦悩を理解し、何とか力になりたいと強く願った。しかし、生徒会費の私的流用は、校則違反。生徒会長の座を失いかねない。

「陽菜、大丈夫だよ。でもさ、もう少し、みんなに頼ってみたら? 生徒会役員だって、きっと力になってくれるさ」

健太の優しい言葉が、陽菜の心に染み込んだ。

陽菜は、一人、生徒会室の窓から校庭を眺めていた。夕日が、茜色に校庭を染めている。先生に相談すべきか、否か。生徒会長としての責任と、個人的な事情との間で、激しく葛藤していた。やがて、陽菜は意を決し、山田先生に相談することにした。

「佐藤さん、よく話してくれたね。その正直さと、困難に立ち向かう勇気を、私は高く評価するよ」

山田先生は、陽菜の状況を理解し、生徒会役員全員で協力して資金を調達する方法を提案してくれた。放課後、生徒会室には、陽菜と健太、そして数人の生徒会役員が集まっていた。陽菜の状況を知った彼らは、快く協力してくれるという。文化祭の模擬店で販売する手作りクッキーの準備が始まった。陽菜は、普段はクールな会長という顔とは裏腹に、手先の器用さを発揮し、真剣な表情でクッキー生地を型抜いていく。

文化祭当日。生徒会役員たちが心を込めて作ったクッキーは、予想以上の反響を呼び、みるみるうちに完売した。文化祭の準備資金は、無事確保されたのだ。

「陽菜、やったな!」

健太が、満面の笑みで陽菜の肩を叩いた。

「ありがとう、みんな。本当に、助かったわ」

陽菜は、生徒会役員たちに心から感謝した。健太は、そんな陽菜に、いつものように軽口を叩きながらも、優しく言った。「これからも、一人で抱え込まないでくれよな」

陽菜は、皆の温かさに触れ、生徒会長としての責任感とともに、人との繋がりの大切さを改めて実感していた。生徒会室の窓から見える夕焼けは、ほろ苦くも、どこか温かい色をしていた。

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