冷蔵庫の中身

週に一度のゴミ出し。アキラは、宇宙ステーション「オリオン・ネスト」の厳格な規則に従い、その義務を終えようとしていた。居住区画の端に位置するゴミ圧縮ステーションへ向かう彼の足取りは、いつも通り事務的で、淀みがない。窓の外には、漆黒の宇宙がどこまでも広がっている。この狭く、無駄が一切排除された空間で、アキラは規則という名の秩序だけを拠り所に生きていた。彼の部屋にある最新式の冷蔵庫も、その徹底した効率主義の結晶だ。食品ロスを極限まで抑えるため、賞味期限が近づいたものは全て自動で圧縮され、リサイクルされる。無駄を許さない、徹底した管理システム。

しかし、その日はいつもと少し違った。冷蔵庫の奥、奥、奥。普段なら空っぽになるはずの空間に、アキラは見慣れない小箱を見つけたのだ。それは、ステーションの規定では持ち込みが禁止されている「個人的な保存物」に分類されるべきものだった。誰かの忘れ物か、それとも規則違反か。潔癖症気味で、規則遵守こそが己の信条であるアキラは、即座にそれをゴミとして処理するべきだと判断した。だが、箱には奇妙な、幾何学的な模様が描かれており、アキラの僅かな好奇心を刺激した。彼はゴミ圧縮ステーションへ向かう途中、その小箱を手に取ったまま、ふと立ち止まってしまった。

ゴミ圧縮ステーションの扉を開け、アキラは小箱を投入口に入れようとした。その時、箱の模様が微かに、まるで呼吸をするかのように光り、内部から微かな振動が伝わってきた。アキラは思わず手を滑らせ、箱を地面に落とした。カラン、と乾いた音を立てて箱は破裂し、中身が飛び散った。それは、粘性を帯びた、不気味な音を立てる未知の粒子だった。圧縮されたゴミの粉末とは明らかに異質な、悍ましい輝きを放つ粒子。アキラは生理的な嫌悪感を覚え、すぐに掃除を試みようとした。だが、粒子は空気中に舞い上がり、彼の作業服に、そして剥き出しの顔に、容赦なく付着していく。一瞬、この粒子が、自分がゴミとして処理しようとしたものと同じではないか、という不快な疑念がよぎった。しかし、アキラはすぐにその思考を打ち消した。規則に従っただけだ。これは、ただの異物混入に過ぎない。

ステーションの管理AIに報告すべきだろうか。アキラはしばらく逡巡した。しかし、その未知の粒子が、既に宇宙ステーションの生命維持システムに混入し、全ての居住者の食料や空気に影響を与え始めていることに、彼はまだ気づいていない。冷蔵庫の奥に隠されていた「個人的な保存物」は、実はステーション外から飛来した未知の生命体の胞子であり、アキラがそれをゴミとして処理しようとしたことで、ステーション全体に拡散してしまったのだ。アキラは、ただ規則通りにゴミを処理しようとしただけなのに、結果的にステーション全体を破滅へと導いた。彼は、自分が「ゴミ」として処理しようとしたものが、想像もつかない形で、新たな「生命」としてステーションに根付いていくのを知る由もなく、ただ、自分の服に付着した悍ましい粒子を、不快そうに払いのけるのだった。そして、冷蔵庫の中は、再び空っぽになる。それは、生命の息吹が失われた、冷たい虚無の象徴だった。

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