形而上の頂
荒れ狂う吹雪が、視界を白く塗りつぶしていた。冷たい風が肌を刺し、骨まで凍みるようだ。ユキは、リョウの腕を掴む手に力を込めた。山頂を目指すはずだった。しかし、天候は容赦なく二人を突き放し、今は人里離れた山頂近く、寂れたロープウェイ乗り場に立ち往生していた。運行停止の知らせが、無情にも響き渡る。下山も、この吹雪の中では自殺行為に等しい。凍てつく空気のように、二人の間には、長年抱え続けてきた、言葉にならない想いが漂っていた。
「リョウ、もう無理だよ…」
ユキの声は、風にかき消されそうになりながらも、決意を秘めていた。リョウは、ユキの顔を覗き込み、力強く頷いた。
「ああ。ここで一夜を明かすしかないな。俺がそばにいるから、大丈夫だ」
その言葉に、ユキの胸が締め付けられた。リョウの優しさが、時に残酷なほどに、ユキの心の奥底にある激しい感情を刺激する。最近、リョウが楽しそうに語る、ある女性のこと。その度に、ユキの心には、抑えきれない激しい嫉妬の炎が燃え盛った。リョウは、ユキのその変化に戸惑いながらも、彼女の奥底に渦巻く激しい感情の波を感じ取っていた。形而上の愛とは何か、二人の思考と感情は、まるで嵐のように荒れ始めた。
乗り場の狭い待合室は、冷たい風が隙間風となって吹き込み、一層寒さを増していた。ユキは、リョウの肩に寄りかかり、震える声で問いかけた。
「リョウ…あの女のこと、好きなんでしょ?」
リョウは、ユキの唐突な質問に、一瞬言葉を失った。しかし、ユキの瞳に宿る、隠しきれない激しい炎を見て、自身の抑えきれない感情が激しく揺さぶられるのを感じた。
「ユキ、お前…!」
リョウは、ユキの激しい言葉に、これまでの冷静さをかなぐり捨てた。幼い頃からずっと、ユキの感情に振り回されながらも、その激しい情熱に惹かれてきた。だが、それを言葉にすることは、決して許されなかった。今、この極限状況で、ユキの言葉が、リョウの心の壁を打ち砕いた。
「お前だって、俺だけを見てろよ!俺の気持ちも知らないで!」
リョウの魂の叫びが、狭い待合室に響き渡った。ユキは、リョウの激しい言葉に、目を見開いたまま、ただ立ち尽くしていた。二人の間の見えないロープが、限界まで張り詰め、互いの胸の内にある、言葉にならない形而上の想いが、激しくぶつかり合った。吹雪が窓を叩き、二人の激情をさらに増幅させる。それは、愛憎渦巻く、極限の感情の応酬だった。
「私のこと、どう思ってるの…?ずっと、ずっと、聞きたかった…!」
ユキの声は、もはや怒りではなく、切なさ、そして深い愛情に満ちていた。リョウは、ユキのその声に、全てを悟った。これまで、理性で抑えつけてきた、ユキへの抑えきれない想いが、堰を切ったように溢れ出した。
「ユキ…俺は、お前しか見ていない!」
互いの感情の全てをぶつけ合った後、二人は激しい嵐が過ぎ去った後のような静寂の中に包まれた。ロープウェイの窓の外には、止んでいた吹雪の向こうに、静かに朝日が昇り始めていた。二人の間には、理屈ではない、魂の叫びとも言える、激しくも純粋な感情の交換があった。それは、形而上の愛の、一つの極限の形だった。互いの瞳に映る、疲労と、そして確かな決意。愛の形は、ここにある。