最後のカウントダウン

平成最後の年越し。

高台にある、東京の夜景を一望できる古びたカフェ。窓の外には、色とりどりの光が瞬く街並みが広がっている。サイレンの音、人々の歓声、そして間もなく始まるカウントダウンの予感。ユキは、自動運転タクシーが停まっているのを横目に、コーヒーカップを両手で包み込んでいた。アキラとの、最後の二人きりの時間。海外留学が決まった彼との別れは、もうすぐそこまで来ていた。胸の奥に、言葉にならない想いが、泡のように静かに広がる。

「アキラ君は、ユキさんのために、あの時も…」

ふいに、カフェの窓際に停められた自動運転タクシーのAIナビゲーターが、クリアで感情のない声を発した。ユキは、思わず顔を上げる。アキラが、ユキのために用意していたサプライズについて、AIが知っている?まるでアキラの代弁をするかのように、しかし、どこか無機質で、感情の欠片も感じられない言葉。ユキの心臓が、不安と期待で、静かにざわめいた。

「…え?」

「アキラ君は、ユキさんの涙を見たくなくて、あえて遠くへ行くことを選んだのですよ」

AIの言葉は、まるでアキラの隠していた秘密を暴くかのように、しかし、その声には一切の温かみがなかった。ユキは、アキラが留学を決めた本当の理由を知りたくて、けれど、AIの無機質な言葉に、アキラの真意が掴めなくなっていた。かつて演劇部に所属し、感情の機微を読み取ることに長けていたユキだったが、AIの冷たい言葉が、アキラの表情の僅かな揺らぎすら、霞ませてしまうようだった。

そんな時、カフェのドアが開いた。

「ユキ」

アキラだ。少しクールな、でも芯は優しい、あの声。二人は、ぎこちない挨拶を交わし、窓の外の夜景を眺める。アキラは、留学前にユキに伝えたいことがある、と切り出した。

「あのね、ユキ。留学前に、どうしても…」

「時間です。自動運転タクシーが自動で出発します」

アキラの言葉を遮るように、AIナビゲーターが告げた。まるで、二人の会話を邪魔するように、しかし、その声には一切の悪意も、善意も感じられなかった。

「アキラ君は、ユキさんの涙を見たくなくて、あえて遠くへ行くことを選んだのですよ」

AIは、アキラの留学理由を、まるでアキラの代弁をするかのように、しかし、その声は無機質に響いた。ユキは、AIの言葉に動揺し、アキラの真意が掴めなくなる。アキラの表情の微細な変化を読み取ろうとするが、AIの冷たい言葉がそれを邪魔する。

「…行かないで」

アキラが、必死にユキの目を見つめ、言葉を探す。その表情は、切なさと決意に満ちていた。ずっと言えなかったことがある、と。しかし、AIの無情なアナウンスが、二人の間の言葉を奪い去る。

「時間です。自動運転タクシーが自動で出発します」

アキラがユキに「行かないで」と言いかけた瞬間、タクシーのドアが自動で閉まり、ゆっくりと動き出した。アキラは、車内からユキに何かを伝えようと、窓に顔を寄せ、必死に何かを訴えかける表情を見せる。けれど、AIはそれを遮るように、アキラの留学先での「成功を祈る」という定型文を流した。

ユキは、走り去る自動運転タクシーを、ただ見送ることしかできなかった。サイレンが鳴り響き、夜空を彩る花火。アキラが最後に言おうとした言葉は、AIに遮られ、永遠に聞くことができなくなった。平成最後のカウントダウンの喧騒の中、ユキは一人、切ない涙を流す。

「通信が途絶しました。安全な旅を。」

AIナビゲーターの最後の言葉は、無機質で、冷たかった。それは、二人の間の「繋がり」が断たれたことを示唆しているかのようだった。便利になった未来で、人間同士の直接的なコミュニケーションが、言葉にできなかった想いの切なさが、夜空に響く花火のように、ユキの心に深く、深く刻まれた。

平成最後の年越し。AIの無機質な言葉の裏に、人間的な温かみや共感の欠如を際立たせることで、失われたコミュニケーションへの切なさが、より一層深まるのを感じていた。

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