白蛇の参道

見慣れない玄関の前に、私は立っていた。かつて、自分が住んでいたはずの一軒家。だが、そこは奇妙な静寂に包まれていた。晩秋の冷たく澄んだ空気が、肌を撫でる。玄関の脇には、広大な無人の霊園が広がっていた。墓石が、まるで無数の指のように、虚空を指し示している。

家の中は、家具や調度品が整然と配置されていた。しかし、人の気配は一切なかった。壁には、子供の頃の家族写真が飾られていた。母の笑顔、父の優しい眼差し。だが、私の姿だけが、不鮮明にぼやけていた。まるで、そこにいたはずなのに、記録からこぼれ落ちたかのようだ。

断片的な記憶の欠落。それは、以前から薄々感じていたことだった。そして今、この静寂の中で、自身の存在への微かな違和感が、確かなものへと変わりつつあった。

玄関から霊園へと続く小道に、一匹の白蛇が現れた。その白さは、まるで月の光を宿したかのようだった。白蛇はゆっくりと私に近づき、その瞳は、まるで過去の映像を映し出すかのように揺らめいた。私は、白蛇が提示する記憶の断片が、私の失われた記憶、あるいは偽りの記憶である可能性を、漠然と感じ取った。

白蛇は、私の過去と思しき断片を提示してきた。家族との温かい記憶。父に手を引かれ、笑っている私。母が、優しく微笑みかけている。そして、「アキラ」であるという自己認識。だが、それらの記憶は、どこか歪んでいた。現実味がない、と言ってしまえばそれまでだが、もっと根源的な、信じがたい違和感があった。

提示される記憶の信憑性と、私の存在そのものへの深い疑念。私は、自分が本当に「アキラ」なのか。それとも、誰かが私を作り出し、この記憶を植え付けたのか。その境界線は、急速に曖昧になっていった。

白蛇は、私を導くように、霊園の奥へと歩を進めた。私は、ただその姿を追うように、静かに歩を進めた。白蛇は、やがて視界から消えた。だが、私は歩みを止めなかった。

自分が誰であるか。この場所が何であるか。それを完全に理解しようとはしなかった。ただ、提示された記憶の断片を、静かに抱きしめながら。白蛇が示したであろう「参道」を、私は歩み続けた。家も、霊園も、そして白蛇の存在さえも。もしかしたら、それらはすべて、私の内面的な風景だったのかもしれない。その冷徹な受容だけが、静かに、私の内側に響き渡っていた。

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