星屑の検事
見慣れない荒野。乾いた風が、砂塵を巻き上げ、かつて都市であったであろう残骸を撫でていく。俺、アルは、そこで目を覚ました。頭の中は霧がかかったように曖昧で、自分が誰なのか、なぜここにいるのか、まるで思い出せない。ただ、胸の奥底に、確かな「検事」という響きと、「星図」という言葉が、鈍い光を放っていた。手元には、古びた金属製の検事バッジと、奇妙な紋様が刻まれた、手のひらサイズの石があった。
バッジの重みが、失われた記憶の断片を、懸命に引き寄せようとしているかのようだった。このバッジが、俺が追っていた事件の、その重要性を示唆している。だが、事件の全貌は、まだ遠い霞の中だった。
そんな俺を拾ってくれたのは、カインという名の青年だった。彼は、滅びゆく王国の王子だと名乗った。その瞳には、民を憂う強い光と、どうしようもない焦燥感が宿っていた。王国の危機を救うため、失われた古代の遺物を探している、と彼は言った。その言葉を聞くうち、俺の胸に、かすかな違和感が芽生え始めた。彼が探す遺物と、俺が追っていた「星図」の存在が、奇妙に結びついていくような感覚。検事としての直感が、王国の危機と、俺自身の過去を、指し示していた。
「星図……それは、古の叡智。星々の力を借り、この荒廃した世界に再び生命を吹き込む、禁断の遺物」
カインの言葉に、俺は静かに頷いた。賢者ゼノの導きで、俺たちは古代遺跡へと足を踏み入れた。遺跡の奥深く、ひんやりとした空気が肌を撫でる。そこで、俺は断片的な記憶の奔流に襲われた。かつて、星図の力を用いて文明を再興しようとした、壮大な計画があったこと。しかし、その計画は、裏切りによって頓挫し、星図の力が暴走して、この悲劇を引き起こしたこと。そして、その計画の鍵が、俺の手元にある、この石……「星図」そのものにあること。検事として、事件を追う中で、俺は確かに、この悲劇の真相に迫っていたはずだ。記憶の fog が、少しずつ晴れていく。
「この紋様……まさか」
俺は、石に刻まれた紋様を、じっと見つめた。それは、滅びた王国の紋様であり、失われた「星図」の在り処を示す鍵だった。星々の力を借りて文明を再興する、古代の技術。しかし、その技術は、星の法則を歪め、宇宙の調和を乱す危険性も孕んでいた。かつて、星図の誤用が、この文明崩壊の一因となったことを、俺は思い出した。過去の過ちを繰り返さないために。そして、カインの王国に、真の希望を与えるために。俺は、究極の選択を迫られていた。検事として、法の番人として、この星図の力を、どう扱うべきなのか。
俺は、静かに、しかし決意を込めて、星図の力を解放した。それは、文明の再興ではなく、星屑となって、この荒野に還ることを意味していた。俺の記憶は、星屑となって、荒野に散っていく。カインに、真実と、この検事バッジを託した。バッジには、「真実を追求し、未来を築く」という、俺の、いや、かつての俺の、固い決意が込められているはずだ。
「アル……」
カインの声が、遠くで響く。俺は、静かに、その場に崩れ落ちた。視界が、星屑のように細かく砕けていく。夜空には、以前よりも一層、輝きを増した星々が瞬いていた。俺の犠牲は、カインの中で、確かな希望へと昇華されるはずだ。広大な星空の下、失われた記憶は、星屑となり、新たな生命の息吹へと還っていく。俺が守ろうとした真実と、カインが蒔く希望の種が、宇宙の摂理と、個人の営みが溶け合い、静かで壮大な余韻を残していく。検事アルは、その役目を終え、星屑となった。