盆栽ドローンと幻の病

原因不明の奇妙な症状を訴える患者が、この病院に続々と運び込まれていた。患者たちは皆、決まって数日前から病院の庭園に置かれた、ある特定の盆栽を眺めていたと証言する。しかし、彼らの症状は医学的には説明がつかず、佐伯徹医師は頭を悩ませていた。

「風もないのに、あの盆栽だけが周期的に微かに震えているんです」

佐伯は、患者たちの行動と庭園の様子を注意深く観察していた。風のない日でも、庭園の片隅にある古木のような盆栽が、まるで意思を持ったかのように、不規則に、しかし確かに揺れている。それはまるで、盆栽自身が何かを訴えかけているかのようだった。

「気のせいだろう、佐伯君」

上司である古谷譲医師は、温厚ながらもどこか頑なな口調で、佐伯の懸念を一笑に付した。 「盆栽が揺れる?そんな馬鹿な話があるか。疲れているんじゃないのか」

しかし、佐伯の冷静な観察眼は、患者たちの症状が出始めた時期と、盆栽が不自然に揺れていた時期が一致することを見逃さなかった。彼は独自に調査を開始した。患者たちが盆栽を眺めていた時間帯や場所を特定し、庭園に監視カメラを設置。そして、ある夜、カメラが捉えたのは、驚くべき光景だった。

暗闇の中、静寂を破るように、小型のドローンが庭園を飛び回っていたのだ。ドローンはまるで生き物のように、風もない夜空を滑るように移動し、特定の盆栽の近くに留まっては、微細な振動を起こしているように見えた。

調査を進める中で、佐伯は長期入院患者である田中咲子の存在にたどり着いた。彼女は病弱ながら、盆栽にだけは並々ならぬ情熱を燃やす人物だった。最近、咲子が庭園にひっそりと新しい盆栽を置いたことを知る。それは、これまで病院にあったどの盆栽とも違う、特殊な形状をしていた。

「あれは、特別な子なのよ」

咲子は、その盆栽にそう語りかけ、他の盆栽とは一線を画す愛情を注いでいた。そして、ドローンが庭園を飛び交う時間帯は、咲子が病室の窓から庭園を眺めやすい時間帯と、奇妙なほど一致していた。

佐伯は、ドローンの映像と咲子の証言、そして彼女の盆栽への異常なまでの愛情を照合し、ある驚くべき仮説にたどり着いた。

「まさか…」

ドローンは、咲子の指示によって、あの特殊な盆栽に、特殊な周波数の微振動を与えていたのだ。その振動が、盆栽の葉に付着していた微細なアレルゲンを空気中に拡散させ、それを吸い込んだ患者たちが、アレルギー反応に似た奇妙な症状を起こしていた。咲子は、病室から窓越しに眺める庭園の景色を癒やしとしていたが、自身が愛でる盆栽が病気で弱っていくのを見て、それを防ぐために、そして孤独な日々に彩りを与えるために、この奇妙な行為に及んでいたのだ。彼女は、まるで恋人に語りかけるように、ドローンに指示を出していた。

佐伯は、咲子の病室を訪ねた。彼女は、佐伯の言葉に涙を流しながらも、静かにその行為を認めた。 「ごめんなさい…あの盆栽を、どうしても枯らしたくなくて…」

佐伯は、彼女の孤独にそっと寄り添った。ドローンを使わない方法で盆栽を育てるよう、優しく説得する。

患者たちの症状は徐々に回復に向かい、病院には静けさが戻った。古谷医師は、佐伯の鮮やかな推理に感心し、彼の能力を改めて認めた。

「真犯人は、空気を操る魔術師ではなく、盆栽を守るドローン使いだった、と」

佐伯は、静かに呟いた。一見、無関係に見える「病院」「盆栽」「ドローン」という要素が、人間の孤独や愛情といった複雑な感情と結びつき、論理的に事件が解決されていく様を目の当たりにし、読者は思わず「なるほど!」と膝を打つだろう。

この記事をシェアする
このサイトについて