講堂の片隅で
全国規模のコンテストで優勝した。我が大学のサークルが、だ。賞金と、輝かしい海外研修の権利。代表である僕、佐藤健太の名は、一躍、学内で知れ渡ることになった。 「みんな、この賞金は、みんなで分ける。もちろん、海外研修の『旅費』も、たっぷりと用意するからな!」 講堂に響き渡る僕の声に、メンバーたちは歓喜の声を上げた。拍手喝采。代表として、皆の期待を一身に背負う僕の姿は、さぞかし輝いて見えたことだろう。 だが、その輝きの裏側には、どす黒い現実が澱のように溜まっていた。賞金は、予想よりもずっと少なかった。いや、それ以上に、コンテスト参加のために、僕が個人的に、どこからともなく借り入れた借金。それを返済に充てなければ、僕自身の未来が危うかったのだ。
「健太、最近、なんかお金使い荒くない?」 恋人の恵美が、不安げに僕の顔を覗き込んだ。彼女は、サークルの会計担当でもある。僕の嘘を、鵜呑みにしてくれる、世間知らずで、流されやすい、可愛い子だ。 「いや、そんなことないさ。むしろ、これからはもっと楽になるよ。君の課題だって、新しいPCを買ったんだ。これで、レポート作成も捗るだろう?」 そう言って、恵美の頭を優しく撫でる。彼女は、僕の言葉に安心したのか、すぐに上機嫌になった。 学食のざわめきの中、メンバーたちが「旅費、いくらもらえるかな」「あそこのブランド品、買えちゃうかも!」と、目を輝かせながら話している。僕は、冷や汗を拭いながら、彼らの会話をやり過ごした。
そんな折、大学から、サークル活動助成金として、まとまった金が振り込まれた。これを「追加の旅費」として分配すれば、借金返済に消える分を、なんとか補填できるかもしれない。僕は、そんな甘い期待を抱いた。 しかし、助成金の申請書類に、思わぬ落とし穴があった。経費の使途を、詳細に報告する必要が生じたのだ。特に、海外研修の「旅費」に関する部分で、僕が実際にかかった費用と、申請額との間に、大きな乖離があることが問題視された。
「佐藤君、この『旅費』の件だが…」 顧問の鈴木教授が、僕を呼び出した。教授は、自分の評判を何よりも気にする、権威主義者だ。 「これは…私が預かっている、ということにしよう」 教授は、僕の不正を隠蔽しようと、そう言った。過去に、学生の不正を黙認したことで、大学の評判を落としかねない事態に陥った経験があるらしい。教授は、その恐怖から、僕に領収書を偽造し、不正を揉み消すよう指示してきた。
海外研修の出発当日。講堂での最終説明会で、大学側から衝撃の通達があった。 「助成金の使途について、全額、使途不明金として返還を求める」 僕が偽造した領収書を手に、メンバーと共に空港へ向かおうとした、まさにその時だった。 「これは…君の責任だ」 教授は、そう吐き捨てると、姿を消した。
「健太、どういうことだよ!」 メンバーたちが、僕に詰め寄る。 「君たちのためにやったのに!なんで責めるんだ!」 僕は、逆ギレした。
最終的に、僕は借金と大学からの返還請求に追われ、一人、見知らぬ土地で「旅費」を稼ぐためのアルバイトを探す羽目になった。恵美は、僕の裏切りを知り、茫然自失で学食の片隅に座り込んだ。他のメンバーたちも、夢を奪われた怒りと絶望に打ちひしがれていた。
「旅費」という甘い言葉に釣られて集まった者たちの、浅ましさと醜悪さが露呈し、全員が破滅した。僕だけは、他者への責任転嫁と自己保身の末、さらに深い泥沼に沈んでいく。読後感は、嫌悪感と虚無感に満ちていた。