水曜日、冷蔵庫での両親の洗い方

水曜日は、両親を洗うのに適した日だ。

週の真ん中というのは、絶望的なほどに平坦で、過去を振り返るにも未来を憂うにも中途半端な空白地帯にあたる。だからこそ、ただ目の前の汚れを落とすという、詩的で残酷な単純作業に没頭できるのだ。私はゴム手袋をはめる。パチン、と手首でゴムが弾ける音は、私の皮膚感覚と外界との断絶を告げる合図だ。愛着を取り扱うためには、これくらいの絶縁体が必要になる。

目の前には、巨大な白い直方体が鎮座している。メーカーは知らないが、この冷蔵庫は私の心臓よりも常に三十度ほど低い温度で稼働しているらしい。取っ手に手をかけ、大きく引く。途端、リビングの湿度が死滅し、猛烈なブリザードが吹き荒れた。

ヒュオオオオオ、と台所の床が一瞬にして凍りつく。これは彼らの沈黙の冷たさであり、私たちが積み重ねてきた会話の不在証明だ。私はあらかじめ用意していた登山用のピッケルを握りしめ、白く煙る庫内へと足を踏み入れた。製氷皿の氷山を越え、野菜室という名の樹海を抜け、記憶の地層の最も奥深くにある棚を目指す。そこは絶対零度に近い、極上の保存環境だ。

霜に埋もれた棚の奥に、彼らはいた。

「だから言っただろう、水と油の関係性において、攪拌は暴力なのだと」 「あら、あなた。それは混ざり合えない者たちの甘えよ。乳化こそが革命なの」

カチコチに凍りついた古漬けの瓶(父)と、銀紙に包まれた有塩バター(母)が、何やら熱心に議論している。どうやらドレッシングの棚で起きた「分離派」と「乳化派」の抗争について語り合っているらしい。個の尊厳を守るために分離したままでいるべきか、愛の名のもとに強制的に混ざり合うべきか。そんな不毛な哲学論争を、彼らは氷点下の中で延々と繰り返している。

「お父さん、お母さん。お掃除の時間ですよ」

私が声をかけると、吹雪が一瞬だけ止んだ。私はピッケルの先端で彼らの周囲にこびりついた霜を砕き、慎重に抱え上げる。冷たい。物理的な冷たさというよりは、理解されることを拒絶した概念の冷たさが、ゴム手袋越しに伝わってくる。

私は彼らをステンレスのシンクへと運んだ。ここからは時間との勝負だ。常温という名の現実は、彼らにとってあまりにも過酷で、輪郭を溶かしてしまう毒なのだから。

蛇口をひねる。出てくるのは熱湯でも冷水でもなく、人肌より少しぬるい「妥協」だ。私はそのぬるま湯を優しく彼らにかけ、解凍を促す。瓶のガラスが汗をかき、銀紙の表面がしっとりと濡れる。

次に私は、スポンジにたっぷりと「忘却」を含ませた。これは泡立ちが良く、どんなに頑固な過去のわだかまりも、なかったことにしてくれる優れものだ。

「痛い痛い、そんなに擦るんじゃない。私のラベルが剥がれてしまう」 「あら、少しは綺麗にしていただきなさいな。あなた、最近少しカビ臭くてよ」

父が文句を言い、母がたしなめる。私は無言で、彼らの表面に付着した「世間体」という名の黒ずみを擦り落としていく。ゴシゴシ、と音がするたびに、ご近所の噂話や、親戚付き合いの煩わしさが排水溝へと流れていく。

その時、ふわりと濃厚な香りが立ち込めた。

母だ。銀紙の隙間から、バターが少し溶け出している。黄金色の液体がシンクに広がり、台所が甘ったるい匂いで充満した。「あなたのためを思って」という言葉を煮詰めたような、胸焼けするほどの「過干渉」の匂い。換気扇がゴウゴウと悲鳴を上げ、その匂いを必死に外へ吸い出そうとするが、空気の粒子にこびりついて離れない。

「お母さん、溶けすぎてますよ。自我を保ってください」

私が注意すると、母は「あらやだ、つい情熱的になってしまって」と照れたように銀紙を縮こませた。

ふと見ると、父の瓶の蓋も緩んでいた。そこから、とろりとした琥珀色の汁が漏れ出している。それは「父親としての威厳」という、現代では希少価値の高い、しかし取り扱いに困る成分だった。私は一瞬、雑巾で拭き取るべきか迷ったが、指先ですくい取り、そっと舐めてみた。

酸っぱい。

そして、ひどく寂しい味がした。日曜日の夕方、終わってしまった休日と、明日に迫る労働の狭間で感じる、あの独特の憂鬱。サザエさんのエンディングテーマが遠くで聞こえるような、切迫した哀愁の味。私は舌の上でその味を転がしながら、自問する。これは掃除(ケア)なのだろうか、それとも調理(消費)なのだろうか。私は彼らを綺麗にして愛そうとしているのか、それとも味わい尽くして消化しようとしているのか。

「……まあ、どちらでもいいか」

私は呟き、残りの汁を洗い流した。綺麗になった――あるいは表面が削れて一回り小さくなった――両親をタオルで拭き、再び冷蔵庫の前へ戻る。

重たい扉を開けると、再び南極の風が私を出迎えた。私は彼らを元の棚、記憶の地層の定位置に戻す。

「鮮度を保ってくださいね。腐ってしまったら、もう食べられませんから」

そう告げて扉を閉めると、吹雪の音はプツリと途絶えた。後に残ったのは、冷蔵庫の低い駆動音と、私の呼吸音だけ。

静寂が台所を満たす。任務は完了した。これでまた一週間、彼らは彼らのままで、凍りついた時間を生きることができるだろう。

ふと、自分の手元に違和感を覚えた。ゴム手袋を外そうとして、指先を見る。

私の人差し指の皮膚が、銀色に変色していた。

触れてみる。かさり、と乾いた音がした。それはかつて愛した安っぽいチョコレート菓子の包み紙のように、軽やかで、酷く脆い質感だった。血肉の温かさはなく、ただ光を鈍く反射するだけの、無機質な被膜。

ああ、そうか。そういうことか。

私は自分が「洗う側」から、徐々に「保存される側」へと移行しつつあることを悟った。この銀紙が全身を覆ったとき、私はきっと、誰かの冷蔵庫の中で、バターのように甘ったるい夢を見ることになるのだろう。

けれど、それは今ではない。

私は見なかったことにして、銀色に変わった指先を隠すように拳を握った。明日は木曜日。燃えるゴミの日だ。私は両親から削ぎ落とした「世間体」の黒ずみが溜まった排水溝のネットを外し、ゴミ袋の口を固く縛った。

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