初夢、最悪人事
正月気分も抜けない1月4日、田中一郎は新年の抱負を胸に会社へ向かう。「初夢で見た俺、完全に別人だったわ。てか、夢の中の俺、髪あったし。」と心の声でツッコミつつ、現実は厳しい。昨日までこたつでみかんを貪っていた身体には、腹の底から冷たい風が染みる。
「田中君、ちょっと来い!」
部署のドアを勢いよく開けたのは、佐藤部長だった。典型的な昭和のサラリーマン、いや、昭和そのものとでも言おうか。その声量たるや、隣の部署まで「田中君、ちょっと来い!」と聞こえるレベルだ。
「はい!なんでしょうか、部長!」
「新年の抱負を語れ!」
いや、なんで俺がそんなこと言われなきゃいけないんだ。初夢で見た「新社長就任」の夢より、よっぽど現実味のない無茶ぶりだ。俺は「組織改革」と、胸に秘めた熱い思いを語り始めた。しかし、部長の目は虚空をさまよい、「ふむ、組織改革か。大事じゃな。まあ、頑張れ。」と、まるで天気予報を聞いているかのような他人事ぶりだ。いや、なんで俺がそんなこと…と内心で毒づきながらも、表面上は「はい、ありがとうございます!全身全霊で取り組みます!」と、どこかの新入社員みたいな返事をしてしまう。これが俺の「どうしようもなさ」だ。漫才師なら、こんなところで「いや、そういうとこやぞ!」ってツッコまれるんだろうな。
部署のミーティング中、唐突に佐藤部長から「田中君、来週から特別プロジェクトを任せる」と告げられた。お、遂に俺の「組織改革」が評価されたか?期待に胸を膨らませる俺に、部長は続けた。「内容は、社史編纂室の整理だ。」
…は?社史?俺、漫才のネタ帳整理の方が100倍得意なんだけど。しかも、担当者はなぜか定年退職したはずの鈴木老人。一体全体、どういう風の吹き回しなんだ。俺の「組織改革」は、埃まみれの資料と格闘することなのか?
「やあ、田中君。待っておったよ。」
社史編纂室は、文字通り「資料の墓場」だった。埃が舞い、カビ臭い。鈴木老人は、そんな空間でニコニコと笑っていた。彼は昔話ばかりで、一向に片付く気配がない。
「わしらの時代はな、パワハラなんて言葉すら無かったが、今思えばあれも一種の『熱意』だったんじゃねぇか?ハハ!」
いや、それただのパワハラ…と内心ツッコミを入れつつ、俺は渋々資料を漁る。この「社史編纂室の整理」も、もしかしたら部長の言う「組織改革」の一環なのかもしれない。そう自分に言い聞かせないと、やってられない。
「昔はな、俺も佐藤君も、若気の至りで『老害排除』なんて過激なこと言い合ってたもんさ。懐かしいのう。」
老害排除?俺の「組織改革」とは真逆じゃないか。鈴木老人の言葉は、まるで昔の自分を笑っているようで、どこか含みがある。
整理中、俺は古い人事ファイルを見つけた。そこには、若き日の佐藤部長が、「組織改革」と題した提案書を出している記録があった。しかし、その内容は「老害排除」という過激なもの。そして、その提案は握り潰されていた。提案者を潰したのは、他ならぬ今の鈴木老人だったのだ。
「あの頃の俺は若かった…いや、今も若いか?ハハ!」
鈴木老人は、自嘲気味に笑った。俺は、この老人が「老害」と見なされることを恐れたからこそ、過去の自分と同じ過ちを繰り返させないために、あえてこのプロジェクトを俺に与えたのかもしれない、と悟り始めた。俺の「組織改革」は、形は違えど、あの頃の熱意を受け継ぐものだったのか?
プロジェクトの報告会。
「田中君、君の報告はあまりにも地味だ。もっとこう、派手な成果を期待していたのだが。」
佐藤部長は不満げだ。しかし、鈴木老人が口を開いた。
「佐藤君、田中君のおかげで、この会社の歴史の深みが分かった。特に、過去に若き日の私と佐藤君がぶつかり合った、あの『老害排除論』の顛末は、まさに現代にも通じる教訓だ。田中君の『組織改革』は、形は違えど、あの頃の熱意を受け継ぐものだったと言えよう。」
含みのある笑みを浮かべ、鈴木老人はそう語った。俺は、新年の抱負も、初夢も、そしてこのプロジェクトも、全てはこの老人の一言に集約されていたのだと悟る。俺の「組織改革」が、皮肉にも「老害排除」の隠語だったという事実に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「いやー、初夢で見た俺、全然現実と違ったわー。つーか、俺、いつからこんな『老害』予備軍になっちまったんだ?」