魔剣使いの婚約試験
王国で最も権威ある「魔剣使いの婚約試験」が、静かに幕を開けた。合格すれば、王家公認の魔剣使いとして認められ、公爵令嬢リリアーナとの婚約が正式に結ばれる。主人公エルリックは、その晴れの舞台に立っていた。彼の使命は、魔力を帯びた迷宮を探索し、最深部に封印されたという「真実の魔剣」を持ち帰ること。師匠から「星霜」と呼ばれる伝説の魔剣の扱いに長けるエルリックにとって、迷宮の奥に眠るであろうその剣は、まさに獲物のようなものだった。しかし、この試験には奇妙な一文があった。「婚約者以外は、迷宮に立ち入ってはならない」。
迷宮の入り口で、エルリックはリリアーナと向き合った。彼女の瞳には、普段の聡明さに加えて、微かな不安の色が浮かんでいる。「エルリック様、お願いです。試験の間は、決して私に話しかけないでください。そして、私が迷宮から出てくるまで、決して私を探しに来ないでください」。その言葉に、エルリックはかすかな違和感を覚えた。リリアーナが、なぜそんなことを言うのか。しかし、今は試験の成功が最優先だ。彼は頷き、彼女の言葉に従うことを約束した。
迷宮の内部は、冷たく湿った空気が淀んでいた。壁には、古代の文字が刻まれている。エルリックはそれを読み解きながら進んだ。「偽り」「犠牲」「封印」。不穏な言葉が、彼の心をざわつかせる。時折、幻覚のようなリリアーナの姿や声が、彼の注意を逸らそうとする。だが、エルリックは冷静だった。彼は伝説の魔剣「星霜」を手に、魔物の襲撃を退け、順調に探索を進めていった。
迷宮の最深部。そこに、「真実の魔剣」はあった。しかし、それはエルリックが師匠から見せられた、強大な魔力を秘めた「星霜」とは似ても似つかない、古びたただの鉄剣だった。柄には、リリアーナがいつも身につけているペンダントと同じ、王家の紋章が刻まれている。その瞬間、背後から厳格な声が響いた。「そこで動け、エルリック」。
ロード・ヴェンティ、王国騎士団長が、冷たい表情でエルリックを睨みつけていた。「貴様は『偽りの魔剣』を手にした。試験は失敗だ」。
エルリックは激しく動揺した。偽りの魔剣? 師匠が話していた「星霜」はどこへ? 彼の脳裏に、リリアーナの「迷宮では私に話しかけないで」という言葉と、壁に刻まれた「偽り」「封印」の文字が蘇った。そして、柄の王家の紋章。これは、リリアーナがいつも身につけているペンダントと同じ…。
「まさか…」
エルリックは、この試験がリリアーナ自身が仕掛けた「偽装」であることに気づいた。彼女の身に宿る、王家の強大な魔力。それを危険視する王国の一部勢力。ヴェンティは、彼女を守るため、そしてその力を一時的に封印するために、この「婚約試験」を口実にしたのだ。エルリックが今手にしている鉄剣は、「真実の魔剣」などではなく、リリアーナの魔力を封じ込めるための「封印の剣」だった。そして、リリアーナは、エルリックがこの「封印の剣」を破壊することで、自身の真の力を解放し、王国に隠された陰謀に立ち向かう覚悟があるかを見極めようとしていたのだ。
「リリアーナ…」
エルリックは、彼女が自分を信じ、自らの命すら危険に晒してまで自分を守ろうとしたことを理解した。彼女が望んだ「偽り」の試験。その裏に隠された「真実」を、今、エルリックが暴く時だ。
エルリックは、鉄剣を掲げ、ヴェンティに向かって問うた。「この剣が、彼女の真実の魔剣の力を封じているのであれば、この剣を破壊すれば、彼女は解放される。それでも、あなたは彼女を守れるのですか?」
ヴェンティは、返す言葉もなく、ただ沈黙した。エルリックは、リリアーナの真の意思を代弁し、ヴェンティの計画を覆した。彼は、愛する者を守るための、偽りではない、真実の決意を胸に、迷宮の床に「封印の剣」を叩きつけた。
カキン、という乾いた音と共に、鉄剣は砕け散った。その瞬間、リリアーナのペンダントが眩い光を放った。彼女の内に秘められた、王家の強大な力が、解き放たれる。試験は「合格」となった。しかし、それは魔剣を持ち帰ったからではない。エルリックが、リリアーナの真実の力を認め、共に生きていく覚悟を示した、彼の「真実」による勝利だった。
エルリックは、リリアーナの真の姿と、彼女を守る決意を胸に、新たな関係を歩み始める。それは、偽りから始まったが、真実へと昇華した、二人の物語の始まりだった。