爆走!秘密の教科書と放課後トレジャーハント
5時間目の歴史の授業。窓の外は、目が痛くなるくらいの快晴だ。 セミの大合唱。ミーン、ミンミンミン! あいつら、俺より自由にしやがって!
教卓に立つ先生の声は、まるで強力な催眠魔法だ。単調なリズムが、俺のまぶたを鉛みたいに重くする。 「えー、1192年、いいくに……」 だめだ、意識が遠のく……! 脳内では今、俺の精神(こころ)の勇者が、巨大な『退屈怪獣アクビーン』と死闘を繰り広げている。 負けるかよ、こんなところで! 俺はタケル。この世で一番『退屈』が嫌いな男だッ!
ガタガタガタッ! あふれ出しそうなエネルギーで、机が勝手に暴れだす。 「くそっ、このままじゃ石になっちまう!」 何か……何か起きねぇのかよッ! 限界寸前のイライラが、俺の導火線に火をつけそうだ。
気晴らしに教科書をパラパラ漫画みたいにめくっていた、その時だ。 ビビビッ! 俺の目に、電流が走った。 「なっ……!?」 見慣れた落書きの年号が、グニャリと歪んで、校舎の地図に見えたんだ。 これ、ただの落書きじゃねぇ!
「おいハカセ! これ見ろッ! 先代勇者からのSOSだ!」 俺は前の席の背中を、バシバシ叩く。 振り返ったのは、メガネをかけた冷静な相棒、ハカセだ。 「痛いな、タケル君。静かにしたまえ。今は鎌倉幕府の……」 「バカ言え! 幕府より大事な事件だぞ!」 俺が教科書を突きつけると、ハカセのメガネがキラリと光った。 「……ふむ。この線と、このシミの配置……。まさか、これは噂の『開かずの間』へのルート!?」 「やっぱりかッ!」 ドクン、ドクン! 俺の心臓が早鐘を打つ。退屈で死にかけてた細胞が、一気に目を覚ます!
キーンコーンカーンコーン! チャイムが鳴り響いた。 それは授業の終わりじゃない。冒険開始(スタート)のゴングだ!
「行くぜッ、ハカセ!」 「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだノートが……」 「そんなもん後だ!」 俺はハカセの手を引いて、ロケットスタート! ガタッ、バンッ! 椅子を蹴っ飛ばし、教室を飛び出す。
「こらタケル! 廊下を走るなぁ!」 背後から、ラスボス(先生)の怒号が飛んでくる。 「逃げろぉおお!」 ドタバタバタッ! 上履きの摩擦音(スキール音)をキュキュッといわせて、俺たちは風になる。 廊下の角をドリフト気味に曲がり、階段へ。 一段抜かし? いや、三段抜かしだ! ヒュンヒュンと景色が後ろへすっ飛んでいく。 「は、速すぎるよタケル君! 慣性の法則を無視している!」 「うるせぇ! 止まったら死ぬ病気なんだよッ!」 このスピード感! ジェットコースターなんて目じゃねぇ!
たどり着いたのは、旧校舎の奥にある用具室の前。 シン……と静まり返った廊下は、ホコリと冒険の匂いがする。 目の前には、サビついた南京錠。 「ハカセ、頼んだ!」 「やれやれ……。君の無茶には慣れっこだけどね」 ハカセはブツブツ言いながらも、その目は楽しそうだ。 震える手でダイヤルを回す。 カチャリ、カチャリ。 「計算通りだ。……開いたッ!」 カチャンッ! 重たい音がして、錠が外れる。
「うおおおお! 突撃ィッ!」 俺はドアを蹴破る勢いで中へ飛び込んだ。 ブワッ! 凄まじいホコリが舞い上がる。 「ゴホッ、ゴホッ! 煙幕か!?」 「ただの埃だよ! ……うわっ、なんだこのガラクタの山は!」 薄暗い部屋には、壊れた机や地球儀が山積みになっている。 「どこだ宝は! 出てこいッ!」 俺たちはガサゴソと山を掘り返す。 汗が滝のように流れる。シャツが背中に張り付く。 でも、そんなの気にしてらんねぇ!
その時、ガラクタの奥底で、何かが鈍く光った。 「……あった……! これだ!」 俺が引っ張り出したのは、ボロボロのブリキ缶。 「間違いない、すげぇオーラを感じるぜ!」 「ただのサビた缶に見えるけど……」 「バカ! 心の目で見ろよ!」
ゴクリ。 二人して唾を飲む。 俺は震える指で、フタに手をかけた。 「開封(オープン)ッ!」 パカッ!
中から転がり出てきたのは――。 サビだらけの『冒険王バッジ』と、色あせたスーパーボールが一個。 「…………」 一瞬の沈黙。 セミの声だけが、遠くで聞こえる。 ハカセがメガネの位置を直した。 「……市場価値はゼロだね」 「ああ」 俺はバッジを握りしめる。 手のひらに食い込む、硬くて冷たい感触。 こみ上げてくるのは、失望? いや、違う。
「最高の……お宝だぜッ!」 「伝説の秘宝ゲットだね、タケル君!」 次の瞬間、俺たちは顔を見合わせてニカっと笑った。 値打ちなんて関係ねぇ。 退屈な日常をぶっ飛ばして、ここまで突っ走ってきた。 そのドキドキこそが、何よりの宝物なんだ! 「イェーイッ!」 パァーンッ! 汗だくの手と手が重なり、最高のハイタッチが響き渡る。
窓の外は、いつの間にか燃えるような夕焼けだ。 校庭がオレンジ色に染まっている。 俺は何気なく、バッジの裏側をひっくり返した。 そこには、汚い字で小さくこう彫ってあった。
『次は裏山のドラゴン岩』
「ん? ……ドラゴン岩だと!?」 俺の声が裏返る。 ハカセが身を乗り出した。 「ドラゴン岩……まさか、古文書にあった幻の!?」 「へへっ、マジかよ……!」 全身の血がまた沸騰するのを感じる。 休んでる暇なんてねぇな!
「おいハカセ! ダッシュだ!」 「ええっ、もう!? 計算外の体力だ!」 「ああ、忙しくなるぞ!」 俺たちは窓から飛び出す勢いで、夕焼けの校庭へ駆け出した。 二人の影が、長く、長く伸びていく。 退屈なんて、俺たちのスピードには一生追いつけねぇ!
「待ってろよ、ドラゴンッ! 俺たちが相手だッ!!」