図書館の猫と、封印された記憶

市立図書館ってのは、最高に落ち着く場所っすよ。僕、佐藤健太は、ここで司書やってるんすけど、なんというか、本と、あと、ミケがいるから、もう、天国みたいなもんっしょ!

ミケっていうのは、うちの図書館に住み着いてる、美人さんの三毛猫。今日も今日とて、僕はミケにカリカリをあげて、ゴロゴロ喉を鳴らすのを堪能してた。「佐藤さん!またサボってますね!」って、真面目な同僚の田中さんに怒られちゃったけど、いやはや、ミケも大事な利用者さんじゃないっすか。っていうか、この子に新しい首輪を買ってあげたいんすよね。そのためなら、古くなった蔵書をフリマで売っちゃおうかとも企んでるんすよ。あ、田中さん、そんな怖い顔しないでくださいって!

図書館は、そんな僕とミケ、そして田中さんのやり取りで、いつも和やかな空気に包まれてる。僕にとって、ここが一番安心できる場所なんだ。

…なんて、思ってたんだけど、ある日、事件が起きたんだ。

いつものようにミケの首輪についた鈴を撫でてた時、ふと、その鈴の名前が、なんだか思い出せなくなった。「あれ?なんだっけ、この鈴の名前…?」普段なら、ミケの鼻息だけで名前がスラスラ出てくるのに、その日はどうにもこうにも、頭の中に靄がかかったみたいだった。

それだけじゃなかった。普段なら、どの棚にどの本があるか、指一本で思い出せるはずなのに、それが曖昧になる。顔馴染みの利用者の顔も、なんだかぼんやりして、名前が出てこない。田中さんは、そんな僕の様子をじっと見て、「佐藤さん、大丈夫ですか?」って、心配そうな顔で声をかけてきた。

僕自身も、なんだか胸のあたりに、ぽっかりと穴が空いたような、今まで感じたことのない、妙な感覚に襲われていた。特に、ミケに触れた時の温かさが、なんだか遠い昔の記憶みたいに感じられて、胸が締め付けられた。

それからというもの、僕の記憶はどんどん曖昧になっていった。ミケの名前すら、思い出せなくなってしまう。しまいには、ミケに触れると、くしゃみが止まらなくなり、体が痒くなる。猫アレルギーなんて、今まで一度も出たことなかったのに!

田中さんは、僕の様子がおかしいことに、ずっと気づいていたらしい。僕が猫アレルギーを発症したことをきっかけに、古い医療記録を調べ上げてくれたんだ。そこには、過去のトラウマと猫アレルギーが結びつくという、驚くべき記述があった。「佐藤さん、もしかしたら、過去に何か辛い出来事があって、それを忘れるために、無意識に記憶を封印してしまったんじゃないでしょうか…?」田中さんは、そう言って、僕の過去を探り始めた。

昔、僕が担当していたエリアの司書さんに話を聞いたら、驚くべき事実が明らかになった。僕はかつて、ある事件で、大切な妹を事故で失ったらしい。そのショックで、精神的に不安定になった時期があったと。

失われていく記憶の中で、ただ一つ、僕に寄り添ってくれる存在がいた。それがミケだった。

ミケに触れるたびに、断片的な映像が、フラッシュバックするようになった。それは、事故に遭った妹の姿。そして、妹が大好きだった、あの絵本。

ミケは、妹の生まれ変わりなんかじゃない。でも、妹が、事故の直前に僕に伝えたかった「最後のメッセージ」を、運んできてくれた存在なんだと、僕は悟った。

失われていた記憶が、ミケとの触れ合いによって、少しずつ、鮮明に蘇ってくる。それは、妹を事故で失った、あの深い悲しみ。そして、その悲しみから目を背けるために、無意識に記憶を封印してしまった、僕自身の、痛ましい過去だった。

記憶を取り戻した僕は、妹を失った悲しみと、記憶を封印していた罪悪感に、打ちひしがれた。もう、二度と、あの悲劇は繰り返さない。でも、僕は、あの時、妹を救えなかった。

そんな僕に、ミケがそっと、鼻先を擦り寄せてきた。その温かさに、僕は、初めて、失った過去と向き合う勇気をもらった。

図書館の片隅で、僕はミケを抱きしめ、静かに涙を流した。田中さんは、何も言わず、ただ、僕の隣にそっと寄り添ってくれた。

記憶を取り戻した僕は、妹への想いを込めて、ミケに、妹が大好きだった絵本を読み聞かせ始めた。絵本の内容は、妹との楽しかった過去の思い出と重なり、僕は妹への感謝と、心からの別れを告げることができた。

笑いから始まった物語は、僕が失った記憶と向き合い、妹への想いを胸に、ミケと共に、再び前を向く決意をする、感動的なクライマックスで幕を閉じた。ミケという、温かい存在があったからこそ、僕は心の奥底に封印していた痛みに、向き合うことができたのだ。

ありがとう、ミケ。そして、ありがとう、僕の妹。

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