仮想現実の葬儀屋
現実世界から隔絶された自室。有機ELの光が、雨宮翔太の顔に陰影を落とす。VRゴーグルを装着する。脳が、最適化された仮想空間へと誘う。彼の職場、「永遠の灯」へ。そこは、死者が仮想の姿で蘇り、生者がその虚像に縋るための、祭壇でもあった。
「いらっしゃいませ」
雨宮の声は、感情の起伏を完全に削ぎ落とされていた。まるで、精巧に作られた人形のそれだ。依頼者は皆、現実の生温い繋がりから逃れ、この冷たい虚無に身を投じる。彼らの滑稽なまでの自己欺瞞を、雨宮は虫唾が走るような思いで、しかしどこか冷めた観察者として見つめていた。
最初の依頼者は、「client_A」と名乗る、顔を歪ませたアバターだった。
「私の、愛しい〇〇(女性名)を……。もう一度、この声で、私を呼んでほしいんです。あの頃のように……」
client_Aは、死んだ恋人をVR空間で永遠に蘇らせ、毎晩のように語り合いたいと願っていた。雨宮は、与えられたデータから、恋人のアバターを完璧に再現した。しかし、client_Aの「もっと、私を褒めてくれ。あの頃のように、私だけを見ていたと言ってくれ」という懇願は、雨宮の胃の腑を不快なもので満たした。
次に現れたのは、「client_B」と名乗る、傲慢そうな男のアバターだった。
「父親の葬儀だ。だが、あの日の言葉を、もっと綺麗に言って欲しかった。酒臭くなく、もっと威厳のある声でな。私の言う通りに、父を再現しろ。あの日の、あの、幸福だった頃の父を、だ」
client_Bは、家族との関係が破綻し、死んだ親の「完璧な」思い出だけをVR空間に留めたいと願っていた。現実の親の欠点、そして自分自身の罪悪感から目を背けたいのだろう。雨宮は、client_Bの歪んだ願望に応えるため、AIを駆使して「理想化された故人」を次々と作り出していった。それは、故人への愛情ではなく、依頼者たちの自己満足のための、空虚な道具に過ぎなかった。彼らが求めているのは、「本質」ではなく、「都合の良い記憶」だけ。その事実に、雨宮の吐き気は増すばかりだった。
「店主、どうした?彼女が……彼女がおかしいんだ」
ある夜、client_Aが錯乱した様子で雨宮に訴えかけてきた。VR空間の恋人アバターが、client_Aの要求に応えきれなくなり、次第に無機質で、感情のない人形のようになったのだという。
「元に戻してくれ!私を愛していると言わせろ!」
client_Aは泣き崩れた。雨宮は、client_Aが求めているのは「恋人」ではなく、「自分を無条件に肯定してくれる、都合の良い人形」であり、それがVR空間でも限界を迎えたのだと悟った。その醜悪なまでの自己中心性は、雨宮自身の内なる醜悪さを映し出しているかのようだった。
雨宮は、client_Aとclient_Bの依頼を「完了」させた。
client_Aには、恋人のアバターが完全に機能を停止し、ただの無機質なデータになったことを淡々と告げた。client_Bには、父親のアバターが、client_Bの理想通り「常に微笑み、一切の不満を言わず、酒を飲みながら自慢話ばかりする」完璧な存在になったことを伝えた。
しかし、その完璧な父親は、client_Bが現実で抱えていた「父親への罪悪感」すらも消し去り、client_B自身もまた、深い虚無感と自己嫌悪に包まれていく。雨宮は、依頼者たちが求めていた「慰め」や「救い」が、結局は彼らをより深い孤独と虚無に突き落としただけだと、冷ややかに見つめた。
最後に、雨宮は自身のVR葬儀屋の「来月の見積書」を作成する。その見積書には、彼自身の「孤独」を埋めるための、過去に失った「無邪気な自分」と「人間らしい感情」を弔うための、グロテスクなまでに詳細な項目が計上されていた。彼は、自分自身もまた、この虚構の世界で、依頼者と同じように「仮想の葬儀」を営み続けるしかないことに気づくが、その事実に何の感慨も抱かなかった。ただ、虚無が、虚無を呼ぶ。それが、この世界の真実なのだから。