叔父の仮想通貨

陽炎がむせ返るような、夏。埃と、生温い風が、この古びた家を這い回っていた。夏樹の指先が、震えていた。亡くなった叔父、健一の遺品。薄汚れた段ボール箱を、彼は乱暴にひっくり返す。あの頃の貧しさの匂いが、まだ染み付いている。叔父は、ブロックチェーンだの、仮想通貨だのと、わけのわからぬものに狂っていた。だが、その狂気が、俺をこの惨めな泥沼から救ってくれるかもしれない。そんな下卑た希望が、胸の奥で、醜く蠢いていた。

「うおおっ!」

叫び声と共に、箱の中身が床に散らばる。埃が舞い上がり、陽の光を鈍く濁らせた。その視界の隅で、古びた麦茶の缶が転がった。そして、その隣に、黒光りするUSBメモリ。

「なんだ、これ…」

缶の側面に、奇妙な記号が刻まれている。それは、あの日の、叔父の嘲笑うような顔と共に、俺の目に焼き付いている、あの落書きと同じものだった。

「くそっ…!」

冷たいものが、背筋を這い上がる。叔父、健一。お前は、俺をどこまで見下せば気が済むんだ。

インターホンの音が、部屋の静寂を破った。美咲だ。俺の幼馴染。いつも、心配そうに俺を見ていた。だが、お前のその哀れむような瞳が、俺には耐えられなかった。

「夏樹、大丈夫?何かあったの?」

美咲の声に、苛立ちが募る。俺は、叔父への憎悪と、お前への劣等感で、ただただ、彼女を突き放した。

「出ていけ!お前なんかに、俺の何がわかるんだ!」

美咲の顔が、一瞬、悲しみに歪んだ。だが、俺はもう、お前の顔など見ていられなかった。USBメモリを握りしめ、叔父の遺したメモを睨みつける。

あの記号…あれが、パスワードの一部なのか?

美咲が、いつの間にか傍らにいた。彼女の視線が、USBメモリに釘付けになっているのがわかる。その瞳の奥に、俺と同じ、あの金に目が眩んだ光が宿っているのを、俺は見逃さなかった。

「…貸してみろ」

俺の声は、震えていた。美咲は、何も言わず、ただ、その細い指先で、俺の肩に触れた。その温もりが、俺の心をさらに苛立たせた。

指先が、キーボードを叩く。カチ、カチ、カチ…その乾いた音が、部屋の空気を張り詰めていく。そして、画面に現れたのは、俺の想像を遥かに超えた、数字の羅列だった。

「…嘘だろ…?」

それは、仮想通貨のウォレット情報。叔父が遺した、莫大な富。だが、その画面の奥に、さらに、メッセージが隠されていた。

「…健一…お前…」

そこに綴られていたのは、俺の劣等感。俺の、どうしようもない虚しさ。そして、叔父が俺に抱いていた、期待と、失望。すべてが、赤裸々に、醜く、晒されていた。

『夏樹。お前は、いつだってそうだ。少しばかりの才能に溺れ、すぐに調子に乗る。だが、本当の苦しみを知らない。この仮想通貨で、お前がどれだけ変われるか、見てみたいものだ。まあ、せいぜい、足掻いてみることだな。』

「…見下しやがって…!」

叫び声が、喉の奥から絞り出された。足元に散らばる、叔父の遺品。そして、俺の過去。すべてが、このメッセージによって、嘲笑われているように感じられた。

「夏樹、落ち着いて!これは…」

美咲の声が、遠くで響く。だが、俺の耳には、もう何も届かない。この金が、俺を嘲笑うための罠だったというのか?俺の人生そのものが、叔父の気まぐれな遊戯だったというのか?

「ふざけるなあああっ!」

俺は、USBメモリを握りしめ、美咲に向かって叫んだ。

「お前にも、この地獄を見せてやる!」

怒号と共に、机がひっくり返る。書類が、埃が、そして、あの麦茶の缶が、床に飛び散る。美咲の、怯えた顔。

「やめ…!」

彼女が、俺に飛びかかってきた。その瞳には、恐怖と、そして、俺と同じ、あの貪欲な光が宿っていた。血縁の呪縛。金銭欲。俺たちの激情が、部屋の中で、凄まじい音を立ててぶつかり合った。怒号と、悲鳴と、物が壊れる音。そして、すべてが、静寂に包まれた。

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