君の指先、呪いの温度

文化祭の準備が慌ただしく進む喧騒の中、佐倉陽菜は資料室の片隅で、埃を被った古びた木箱を見つけた。指先でそっと表面を撫でると、ざらりとした感触。箱を開けると、中には奇妙な文様が刻まれた、小さな黒い勾玉が鎮座していた。恐る恐るそれを手に取った瞬間、指先が微かに熱を帯び、まるで心臓が脈打つような、不思議な鼓動を感じた。驚きに指が滑り、勾玉は床に転がり落ちた。それは、触れた者に不幸をもたらすという「呪物」だった。それからというもの、陽菜の周りからは、人々の温もりが急速に失われていく。教室では、彼女に気づくと生徒たちがそっと距離を取り、冷たい視線が突き刺さる。遠ざかっていく足音。陽菜の指先は、ひどく冷え切っていた。

陽菜の異変にいち早く気づいたのは、高校の用務員である神崎蓮だった。彼は、陽菜があの勾玉を拾って以来、彼女の纏う空気が澱み、指先から伝わる「冷たさ」が増したのを感じ取っていた。ある日の放課後、資料室の陰で、勾玉をぎゅっと握りしめて泣いている陽菜を見かけ、静かに声をかけた。「どうした、泣いてるのか」。陽菜は、震える声で勾玉のことを語り始めた。しかし、蓮の返した言葉は、陽菜の心をさらに凍てつかせた。「それは呪物だ。触れてはいけないものに、君は触れてしまったんだ」。陽菜が差し出した、震える指先は、まるで氷のように冷たかった。

蓮は、陽菜に勾玉の呪いを解く方法を静かに告げた。「呪いを解くには、その勾玉の冷たさを上回る、強い想いの温もりを注ぎ込むしかない」。しかし、陽菜の心は傷つき、誰かを信じ、触れることを極端に恐れていた。蓮は、陽菜の指先がこれ以上冷え切らぬよう、勾玉の呪いを抑えるための特別な「お守り」を渡そうとした。それは、彼がかつて神職だった頃に、自らの手で丹念に作った、温かい気配を宿す護符だった。陽菜は、お守りの温かな布地に触れた瞬間、蓮の指先の微かな震えと、そこから伝わる熱を感じ取った。その温かさに、陽菜の凍てついた心が、まるで冬の陽だまりに触れたかのように、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ溶け始めた気がした。

その日の午後、学校で呪いが強く現れ始めた。陽菜の周りにいた生徒たちが、次々と原因不明の不調を訴え、教室はパニックに陥った。その時、蓮が駆けつけた。「陽菜、俺に触れろ!」その声は、普段のぶっきらぼうな響きとは違い、確かな力強さを帯びていた。陽菜は恐る恐る、未だ勾玉を握ったままの右手を、蓮に伸ばした。蓮は、陽菜の手を、そしてその手の中の勾玉を、両手で包み込むように握った。蓮の掌の厚み、指の組み方から伝わる確かな温もりと、指先から溢れる「守りたい」という強い想いが、陽菜の冷え切った指先から、まるで熱い血潮のように全身へと駆け巡った。それは、陽菜が今まで感じたことのない、熱く、力強い、温もりだった。

蓮の温もりに包まれ、陽菜の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。勾玉の冷たい気配が、蓮の温もりに触れて弱まっていくのが分かった。蓮は、陽菜の手を握ったまま、静かに囁いた。「もう大丈夫だ」。陽菜は、蓮の指先から伝わる、確かな温もりと、ほんのりと赤くなった頬の熱を感じていた。それは、恋の始まりの予感に他ならなかった。陽菜は、蓮の温かい手に、そっと自分の指を絡めた。二人の指先が触れ合った瞬間、世界が輝き出したかのような、温かく、甘酸っぱい感覚が、まるで桜の花びらが舞い散るように、陽菜の全身を駆け巡った。

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