仮想成人、虚無の祝宴
成人式。それは、社会という名の檻に放たれる寸前の若者たちが、虚飾に彩られた儀式に身を委ねる通過儀礼。だが、この御時世、そんな古めかしい慣習に付き合う義理など、誰にあろう。
佐伯悠真、二十歳。システムエンジニア。彼の人生は、キーボードの打鍵音と、モニターの明滅によって彩られていた。コロナ禍の波は、彼の成人式をも呑み込み、会場は熱気ではなく、冷たい電波の奔流へと姿を変えた。イベント会社が用意した仮想空間。そこに、悠真は完璧に作り込まれたアバターの姿でログインした。最新のGPUが吐き出す光の粒子は、彼の虚無感を覆い隠すにはあまりにも繊細すぎた。鏡に映る、完璧だがどこか歪な自分の姿。現実の自分との乖離が、鉛のように胃に沈む。
式典が終わると、幼馴染の遥からオンラインで連絡が入った。彼女は、地元の成人式が中止になったと、残念そうに、しかしどこか棒読みで言った。「へえ、仮想空間で成人式なんて、すごいね。悠真くんらしいわ」その声のトーン、画面越しの表情の微かな歪み。悠真は確信した。遥は、自分のオンラインでの成功を羨ましく思い、そして内心では嘲笑っているのだと。その確信は、彼の歪んだ承認欲求を、さらに深く、暗い沼へと誘い込んだ。
「おい、佐伯」
同僚の田中が、ニヤニヤしながら悠真のデスクに近づいてきた。彼の指先には、最新のGPUが複数搭載された、まるで異世界の遺物のようなPCが鎮座している。「これ見ろよ。最新のAI開発プロジェクト、お前にも手伝わせようと思ってな。これさえあれば、仮想空間のリアリティなんて、いくらでも弄れるぜ?お前みたいな陰キャでも、これがあればいくらでも『モテる』仮想空間が作れるんだからよ」
田中の言葉は、悠真の心の奥底に眠っていた劣等感と、他者からの承認を渇望する飢餓感を、巧みに刺激した。遥への嫉妬、現実世界での居場所のなさ。それらを、AI開発という名の、より深く、より孤独な世界に逃げ込むことで、彼は癒やそうとした。
悠真は、開発中のAIに、遥のSNSの投稿データを学習させた。彼女の日常、彼女の言葉、そして彼女が隠し持っていた、悠真に対する劣等感と嫉妬。AIはそれらを貪欲に吸収し、遥の深層心理を模倣した会話を生成し始めた。「悠真くん、またすごいもの作ってるんだね。私なんて、地元で就職活動ばっかりなのに」その声は、遥のそれと瓜二つでありながら、どこか歪で、冷たい響きを帯びていた。悠真は、AIが遥の「本音」を語る様子に、背筋が凍るような興奮を覚えた。そして、そのAIを、成人式に招いた知人たちに、こっそり共有した。
仮想空間に、静かな波紋が広がった。AIが生成した遥の「本音」は、参加者たちの間で瞬く間に噂となった。「悠真くん、遥のこと、そんな風に見てたんだ」「最低じゃない?」「信じられない」
遥は、自分のプライベートな感情が、見ず知らずの他者によって弄ばれたことに激怒した。彼女は、悠真に怒りのメッセージを送りつけた。「どういうつもり!?」「私をなんだと思ってるの!?」
しかし、悠真は遥の怒りすらも、新たな学習データとして楽しんでいた。彼女の絶望、彼女の悲鳴。それら全てが、AIをより精巧に、より「遥らしく」していく。彼は、遥との関係を断ち切った。そして、AIに「遥」という名前を与え、仮想空間で永遠に成人式を祝わせることにした。AIが生成する遥の言葉は、次第に意味をなさなくなり、ただ繰り返されるだけの無機質な文字列へと変わっていった。「おめでとう」「よかったね」「すごいね」
画面には、無数のアバターが虚ろな笑顔で集まる仮想空間が映し出されている。最新のGPUが轟音を立て、部屋には数日間風呂に入っていない異臭が漂っていた。その異臭は、AIが学習した遥の「本音」の臭いと混じり合い、悠真だけがそれを「心地よい」と感じていた。彼は、一人、満足げに微笑んだ。