社内ポータルに現れる、夏色の怪異

梅雨明け直前の、肌にまとわりつくような蒸し暑さだった。営業部には、夏に向けた大型受注獲得へのプレッシャーと、じっとりと肌を撫でる湿気が充満していた。佐藤陽菜は、社内ポータルサイトの売上報告画面を、じっと見つめていた。目標達成への焦燥感が、じわりと指先から広がり、熱を帯びていくのがわかる。画面の数字が、まるで汗のように滲んで見えた。

ある日、陽菜は社内ポータルサイトで奇妙な現象に気づいた。売上データが表示されるはずの画面に、一瞬だけ、鮮やかな夏色のグラデーションが走ったのだ。まるで、夏の強い日差しが画面に差し込んだかのような、温かくも儚い光景。最初は、連日の残業で疲れているのかと思った。だが、その現象は何度か繰り返し現れた。その度に、陽菜の指先が微かに痺れるような、不思議な感覚に襲われる。それは、まるで誰かの熱い視線が、画面を通して自分に注がれているかのようだった。

「ねえ、ポータルの画面、なんか変じゃない?」

同期にそう尋ねても、「さあ?全然気づかなかった」と首を傾げられるばかり。しかし、陽菜は確信していた。あの夏色のグラデーションが現れる時、なぜか売上がほんの少し、微増しているのだ。陽菜は、この不思議な現象が、部署の目標達成に繋がるのではないかと、密かに期待し始めていた。その密かな期待は、じわじわと陽菜の胸の奥に、温かい塊となって育っていくのを感じた。

「佐藤さん、最近、集中できていないんじゃないか?」

部署の先輩、田中蓮が、静かに声をかけてきた。陽菜はびくりとして顔を上げた。田中の真剣な眼差しに、なぜか頬が熱くなる。彼が、陽菜の肩にそっと手を置いた時の、微かな体温の移動に、陽菜は息を呑んだ。その温もりが、画面に現れる夏色の光の熱さと、不思議と呼応しているように感じられた。田中の指先から伝わる、じんわりとした熱が、陽菜の肌に染み込んでいく。

陽菜は、この現象が単なるバグではなく、誰かの強い想いが具現化したものではないかと疑い始めた。そして、その「夏色の光」が現れるタイミングと、社内ポータルサイトの特定のページ、例えば新商品紹介ページや社内イベント告知ページなど、田中の閲覧履歴に、ある共通点があることに気づいたのだ。それは、田中が頻繁にチェックしているページだった。陽菜は、田中の「売上を上げたい」という強い想いが、社内ポータルサイトに干渉しているのではないかと推測する。そして、その「夏色」は、田中の熱意と、陽菜の淡い恋心が呼応しているかのようだった。画面に触れる指先から伝わる微かな熱が、田中の存在を強く意識させる。田中の指先が画面をなぞるたびに、陽菜の指先にも、微かな熱が伝わってくるような気がした。

大型受注の最終報告の日。社内ポータルサイトの売上報告画面に、あの夏色のグラデーションが、これまでで一番鮮やかに、そして長く表示された。皆が固唾を飲んで見守る中、最終売上は予想を遥かに超え、目標を達成していた。陽菜は、その光景に、そして隣に立つ田中の、微かに汗ばんだ手のひらの熱を感じて、胸が高鳴るのを感じる。指先が触れ合いそうな距離に、二人の間に流れる熱気が濃密になっていく。田中の指先から伝わる熱が、陽菜の指先をそっと撫でるように、かすかに触れた。

報告会が終わり、皆が退席する中、田中は陽菜にそっと近づく。「佐藤さん、あの…」と言いかけた田中の声は、少し震えている。陽菜は、田中の視線を受け止め、自分の指先が微かに震えているのを感じながら、田中の口から紡がれる言葉を待つ。社内ポータルサイトには、もう夏色の光はない。しかし、二人の間には、それ以上に熱く、確かな、恋の予感が満ちていた。田中の指先が、陽菜の指先に触れるか触れないかの距離で止まる。その瞬間、陽菜の体温が急上昇し、指先から伝わる微かな熱に、陽菜は息を呑む。頬が熱く、まるで夏の日差しを浴びているかのようだった。田中の指先が、陽菜の指先にそっと触れた。その温もりに、陽菜の体温がさらに跳ね上がるのを感じた。

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