草原のファンファーレ
「幻の灯台」って、そんなに珍しいの?
「珍しい、とかそういう次元じゃないんだよ。真実を映し出すっていう噂があるんだ」
リクの声は、夏の終わりの草原に、風に乗って飛んでいく。
「真実? 灯台が? …それって、誰かの『願い』が形になったもの、なんじゃないの?」
アオイの言葉は、風に溶けていく。リクは、ため息をつく。
「お前は、そういう変なことばっかり言うな。ただの古い建物だろ」
「建物? あなたの目には、そう映るのね。私の目には、空に浮かぶ巨大な約束、だけど」
アオイは、遠くに見える灯台を、じっと見つめている。リクは、その横顔に、カメラのレンズを向けた。
(カシャリ)
…何も、映らない。
「やっぱり、何も、ないじゃないか」
「だから、言ったのに。見えないものは、ここには、ない」
アオイは、小さく呟いた。
「見えない、という事実だけが、ここにあるんだ」
リクは、苛立ちを隠せない。ファインダー越しに見えるのは、いつもと変わらない草原。空に浮かぶ巨大な文字も、どこからか聞こえてくるファンファーレのような音も、何も。
「…聞こえない」
「私には、聞こえる。風の歌が、灯台の囁きが」
「君は、やっぱり、おかしいよ」
リクは、カメラを構え直した。アオイの「見えないもの」への執着が、眩暈のようにリクを襲う。
「この灯台は、『失われた物語』を求めて現れる…そんな古い資料を見つけたんだ」
「物語は、真実よりずっと、生きている」
「君が、その『失われた物語』に囚われているだけなんじゃないのか?」
「囚われている? 私は、探しているんだよ。あなたの撮りたい『真実』って、何? ただの記録? それとも、誰かの心に、灯るもの?」
アオイは、リクのカメラのレンズの向こう側を、覗き込むように問いかける。リクは、言葉に詰まった。アオイが、この「旅費」と呼んでいたものが、彼女が「失われた物語」を探すために、アルバイトで貯めたお金だと知ったのは、つい先ほどの事だった。
「…君は、誰かの『物語』を、ちゃんと、映してるの?」
その時、風が止んだ。
「…おや」
声の主は、どこからともなく現れた、一人の老人だった。
「灯台の光は、『誰かの確信』でできているのだよ」
老人は、ゆっくりと、芝居がかった口調で言った。
「私の確信は、まだ、光になっていない」
アオイは、呟いた。リクは、アオイの瞳の奥にある、掴みどころのない光を見つめる。
「確信、か…。君は、何を信じたいんだ?」
リクは、老人の言葉と、アオイの横顔を交互に見つめた。報道とは全く違う「真実」を、アオイは求めている。自分のカメラが捉えられないものへの、戸惑いが、リクの胸をよぎる。
(カシャリ)
(カシャリ)
(カシャリ)
灯台が、淡く光り始める。リクは、ファインダーを覗くが、やはり何も映らない。
「あなたの光は、誰かの『願望』でしょ!? それとも、ただの空っぽな願い? あなたは、誰かの『物語』を、ちゃんと、映してるの!?」
アオイの叫びが、草原に響き渡る。リクは、アオイの叫びに応えるように、シャッターを切った。
(カシャリ!)
その瞬間、灯台の光が、強烈に輝き、草原全体を包み込んだ。
「撮れたよ!」
リクは、叫んだ。アオイは、ただ、遠くの灯台を見つめ、微笑む。
まるで、灯台が、彼女の問いに答えたかのように。
草原に、いつまでも消えない、ファンファーレのような音が響いていた。