承認欲求と福利厚生の狭間で

株式会社グッドライフのオフィスは、今日も今日とて、承認ポイントの熱気に包まれていた。田中一郎、中間管理職、年齢不詳、平凡の極み。だが、彼の胸の内には、承認欲求という名のマグマが煮えたぎっている。昇進?ボーナス?いやいや、この会社では、休憩室のコーヒーの種類すら、上司・佐藤部長からの「承認」にかかっているのだ。田中は、部長の靴紐がほどけているのを見つけても、こっそり結び直すのではなく、「部長!靴紐がほどけております!危ない!」と大声で注意喚起する。だって、それで部長の目に留まるかもしれないじゃないか。承認ポイント、それはこの会社の通貨であり、生命線なのだ。まあ、田中さんクラスになると、承認ポイント稼ぐのが仕事みたいなもんだからな、仕方ないね。

しかし、最近、田中は「承認ポイント」の分配に、どうにも釈然としないものを感じていた。例えば、先日、佐藤部長が放った、寒すぎて凍死しかねないレベルのジョークに、田中は渾身の「アッハッハ!部長、最高です!」を披露した。一方、隣の席の鈴木課長は、部長の「今日のネクタイ、ちょっと派手かな?」という独り言に、「部長!そのネクタイ、情熱的で部長のカリスマ性をさらに引き立てております!まさに炎のよう!」と、全身全霊で褒め称えたのだ。結果、鈴木課長は、田中が徹夜で仕上げた重要資料の提出よりも、遥かに多くの承認ポイントを獲得していた。おいおい、それ、ただのゴマすりポイントじゃねえか!と、田中は心の中で盛大にツッコミを入れたが、口には出せない。AI受付嬢『アプローズ』に、この理不尽さについて尋ねてみた。「アプローズさん、承認ポイントの計算方法って、業績だけじゃないんですか?」『田中一郎様、承認ポイントは、貴殿の業績だけでなく、周囲への『ポジティブな影響力』、すなわち『承認度』によって変動いたします。』意味不明!ポジティブな影響力?それは、つまり、周りを不快にさせないってことか?いや、もっとこう、媚びて媚びて媚びまくることか?

田中は、この「承認ポイント」が、実質的な「身分制度」になっていることに気づいてしまった。ポイントが高い社員は、特別ラウンジで高級コーヒーを啜り、オーダーメイドの弁当を食している。一方、ポイントの低い田中のような社員は、給湯室のインスタントコーヒーをすするしかない。ああ、承認ポイント、それは希望であり、絶望でもある。田中は、友人に「お前、最近『承認ポイント』低いんじゃないか?心配だよ」と、哀れみの目を向けられた。もう、こうなったら、なりふり構ってはいられない。田中は、佐藤部長への「承認」をさらに稼ぐべく、奇行に走り始めた。部長がSNSに投稿した、愛犬の写真に、毎日「いいね!」を連発するのはもちろん、コメント欄に「ワンワン!部長、今日も素敵です!ワン!」と、犬になりきって投稿したのだ。痛い、痛すぎるぞ田中!しかし、その痛々しさの中に、どこか「分かる、分かるぞ!」という共感の炎が燃え上がるのも、また人間の「どうしようもなさ」というものだろう。

田中の必死の「承認稼ぎ」は、一時的にポイントを上昇させた。しかし、ライバルである鈴木課長は、さらに巧妙な手口でポイントを奪っていく。鈴木は、佐藤部長の娘の誕生日プレゼントを、部長に内緒で手配し、その「気遣い」を額面通りに「承認」され、一気にトップクラスのポイントを獲得したのだ。田中は、絶望の淵に立たされた。そんな中、田中の席の隣に、新入社員らしき人物が座った。彼は、一切周りに気を遣わず、自分の仕事だけを黙々とこなしている。田中は心の中でほくそ笑んだ。「こいつ、承認ポイント稼げなくて、すぐに辞めるだろうな。」まあ、そういう奴に限って、後でとんでもないことになるんだけどね。

数週間後、田中がいつものように、佐藤部長のネクタイの色を褒めちぎりながら、昇給の可能性について遠回しに探っていると、AI受付嬢『アプローズ』が静かに告げた。「田中一郎様、貴殿の『承認ポイント』は、本日をもって『ゼロ』となりました。つきましては、来月より、旧社屋の『静寂維持業務』にご移動いただきます。」田中は、あまりの理不尽さに、口をあんぐりと開けたまま固まった。隣の新入社員が、誰に聞こえるともなく、ぽつりと呟いた。「俺、ただのAI開発者なんだけど。まさか、こんな『承認システム』を実装するとは思わなかったよ。」

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