ぶっとび卒業旅行と伝説の宇宙服
「えー、卒業生の諸君は、これからの長い人生において……」
体育館のスピーカーから流れる校長先生の声が、まるで眠りの呪文みたいに頭の上をグルグル回る。あくびを噛み殺しすぎて、俺、カケルの目はもう涙目だ。
チラリと横を見る。隣のハカセは、メガネの奥で白目をむきかけてるし、その向こうのミナなんて、貧乏ゆすりで床をガタガタ言わせてる。限界だ。これ以上、じっとしてたら体が爆発しちまう!
俺は右足の赤いスニーカーの紐を、ギュッと踏みしめた。それが合図だ。
バッ!
三人が同時に顔を上げる。目と目で通じ合う、悪ガキどものテレパシー。「いくぞ野郎ども!」俺が叫ぶより早く、俺たちはパイプ椅子を蹴っ飛ばして立ち上がった!
「えっ、こら、カケルくん!?」
担任の先生が慌てる声を背中に、俺たちは体育館の重たい扉をドカーン! と押し開ける! 溢れ出す春の光! 舞い散る桜吹雪!
「あばよ、退屈な時間! 俺たちの卒業式はこれからだぜッ!」
「ちょ、カケル! フライングすぎ!」
ミナが笑いながら並走する。ハカセも息を切らしてついてくる。
「計算外の行動だけど、この解放感……論理的に考えて最高だよ!」
俺たちは全力疾走で校庭を突っ切り、裏山へと続く坂道を駆け上がった。ダダダダッ! 土煙を上げて、目指すは俺たちの聖域、秘密基地だ!
裏山のてっぺん。巨大なガラクタの山。それが俺たちの秘密基地だ。
「とーちゃーくッ!」
俺は勢いそのままに、古タイヤの山へダイブ! ドサッ! ボフッ! 舞い上がるホコリすら、今日はキラキラして見えるぜ。
「へへっ、面白くなってきたぜ! さあ、今日は何して遊ぶ?」
俺が起き上がろうとした時だ。ハカセがピクリと耳を動かした。
「待って。……何か音がする」
ハカセがガラクタの山の一角、錆びついたトタン板の下を指差す。俺とミナは顔を見合わせ、その場所を掘り返し始めた。ガサッ、ゴソッ、ガシャン!
カキン!
指先に硬い感触。次の瞬間だ。
ピカァァァァァッ!!
「うわっ、まぶしっ!」
目がくらむような閃光が弾けた! 俺たちが腕で顔を覆う中、光が収まると、そこには信じられないモノが鎮座していた。
銀色に輝く流線型のボディ、見たこともないメーター類、そして胸元に輝くエンブレム。どう見ても、SF映画に出てくるような『伝説の宇宙服』だ!
「なんだこれすげえ! めちゃくちゃカッケェじゃんか!」
俺の興奮はマックスだ! ハカセがメガネをカチャリと押し上げる。
「この素材……現代の科学力じゃありえない。未知のテクノロジーだ! すごい、すごいよ!」
ハカセの早口が止まらない。ミナも目を輝かせてのぞき込む。
「ねえ、ここに赤いボタンがあるよ? これ、押しちゃう?」
「あったりまえだろ! 考えるより先に押せッ!」
俺は人差し指で、そのボタンをポチッとな!
キュイイィーン……バシュゥゥン!!
宇宙服のヘルメット部分が激しく明滅し、空中にホログラムの文字が浮かび上がった。
『卒業おめでとう! 銀河一周旅行へご招待!』
「はあ!? 銀河一周ぅ!?」
俺たち三人の声が重なった。マジかよ!? 宇宙旅行!? 規模がデカすぎて意味わかんねえ!
その時だ。
ズズズ……ゴゴゴゴゴゴゴ!!
地面が激しく揺れ始めた! 地震か!? いや、違う!
「うわっ、基地が変形してる!?」
ガシャン! ガキン! ギュオーーン!
積み上げてあったガラクタたちが、まるで生き物みたいに組み合わさっていく! 古タイヤがエンジンに! トタン板が装甲に! 俺たちの秘密基地が、みるみるうちに巨大なロケットへと早変わりしていくじゃねえか!
「すげえ! すげえぞハカセ! お前こんな改造してたのか!?」
「してないよ! 論理的に考えてありえない現象だ! でも……カッコイイ!!」
興奮する俺たちの耳に、下界から恐ろしい怒鳴り声が響いてきた。
「コラァァァァッ! カケル、ミナ、ハカセェェ! 式を抜け出すとは何事だァァッ!!」
やべえ! 鬼の教頭だ! 顔を真っ赤にして、ものすごいスピードで山を駆け登ってくる! あいつ、人間じゃねえ!
「ヒィッ! 見つかった!」
「あたしに任せな! ……って言いたいけど、あいつはヤバい! 逃げるよ!」
ミナが叫ぶ。俺はロケットのハッチに飛び乗った。
「逃げろ、いや発射だ! 乗り込め野郎ども!」
俺たちは転がり込むようにコクピットへ。教頭の手が、ロケットの翼にかかる寸前だった。
「待てェェェェ!」
「あばよ教頭! 宿題なら宇宙でやるぜッ!」
俺はメインスロットルを全開に叩き込んだ!
ドッッッッカァァァァァァァン!!!!!
凄まじい爆音! 背中がシートにめり込むような強烈なG!
「うおおおおお! 体が重いィィィ!」
「きゃああああ!」
「計算通りだ……いや、計算以上の加速だァァァ!」
ロケットは一瞬で空の彼方へ! 桜並木が、学校が、そして鬼の教頭が、みるみる豆粒になっていく。雲を突き抜け、青空が濃紺に変わり、やがて漆黒の闇へと溶けていく。
ガクンッ。
振動が止まり、体がフワリと浮いた。
「……すっげえ」
窓の外に広がっていたのは、宝石箱をひっくり返したような満天の星空だった。地球が青く、丸く、輝いている。
「あばよ地球! 行ってくるぜ宇宙!」
俺たちは顔を見合わせて、思いっきり笑った。卒業式なんて目じゃない、最高の門出だ!
目の前のモニターに、次なる惑星マップが表示される。無数の星々が、俺たちを呼んでいるみたいに瞬いている。
「さあ、どこへ行く?」
ハカセがワクワクした顔で尋ねる。
「決まりだ! あの虹色に光る星へ、全速前進!」
俺はビシッと指差した。「さよなら」は終わりじゃない。もっとすげえ冒険の始まりだ!
エンジン全開! 次の伝説を作るのは、俺たちだッ!