唐古の叫び、スパイスの慟哭

燃え盛る夕焼けが、血のように空を舐める。奈良の港町。潮の香りと、遠い異国のスパイスの匂いが混じり合い、私の鼻腔をくすぐる。この匂いこそ、故郷の味。唐から持ち帰った秘伝の香辛料を、故郷の米と混ぜて炊き上げる。それは、かつて私を支えてくれた、あの人のための、魂の儀式。ケンが、唐への渡航を語る。あの目、あの声。私は、憧れと、そして、深い不安に、胸を掻きむしられそうになる。行かないで。でも、行きたいのだろう。あなたの、あの、遠い空を見つめる瞳が、それを物語っている。ああ、この胸の奥底で渦巻く、どうしようもない熱は何だ!

「アキ、唐は素晴らしい。遥かなる都、高度な知識、そして、新しい文化があるんだ。」

ケンの言葉は、私を遠くへ連れて行こうとする。その横で、マリの視線が、私を射抜く。まるで、毒針だ。マリ、あなたも、ケンのことを……。知っているわ。あなたの、ケンを見るあの切ない瞳。そして、私の、ケンを見るあの抑えきれない光。あなたの嫉妬が、私には痛いほどわかる。ああ、この息苦しさ!

「アキ、あなたの作るカレー、本当に美味しいわ。」

マリの声は、いつも優しい。でも、その言葉の裏に隠された、黒い炎が見える。私への嫉妬。ケンへの、あの、狂おしいほどの愛。私は、その視線から目を逸らした。この胸の痛みは、何だ。張り裂けそうだ。

港に、集まる人々。ケンの知識を披露する場。皆、彼の言葉に耳を澄ませている。私は、煮えたぎる鍋を前に、故郷への愛と、あの人への複雑な想いを、スパイスに込める。この、魂のこもったカレーの調理法を、ケンに伝えたい。彼の、唐への夢に、この故郷の味を添えたい。私の情熱は、鍋の中の炎のように、燃え盛る。ケンさえも、一瞬、私の瞳を見つめ、心を奪われたように見えた。しかし、マリの顔色が変わった。私の、この輝きに、耐えられない、というように。彼女の顔に浮かぶのは、ケンへの愛情と、私への憎悪が、混ざり合った、歪んだ、狂おしい表情だった。

夕焼けが、その燃えるような色を失い、港に夜の帳が降りる。ケンが、唐への旅立ちを決めた、と私に告げに来た。別れを告げに来たのだ。その時、マリが、私の前に立ちはだかった。

「アキ!あなたは、ケンを奪おうとしている!」

マリの声が、港に響き渡る。その声には、ケンへの愛と、私への、抑えきれない嫉妬が、剥き出しになっていた。「あなたは、いつもそう!自分のものにしようとする!」

「違うわ、マリ!これは、私のケンよ!私の、この、どうしようもない想いよ!」

私の叫びが、マリの叫びとぶつかる。ああ、この怒り!この、譲れない想い!

空には、夕焼けの残照が、かろうじて、燃え尽きかけた名残を留めている。港の雑踏は、いつの間にか静まり返り、私たちの叫びだけが、夜の空気に木霊していた。マリの瞳には、怒りと、絶望と、そして、狂おしいほどの愛情が、渦巻いている。私の心臓は、激しく脈打っている。嫉妬、憧れ、怒り、愛情――あらゆる感情が、剥き出しになり、叫びとなって、私たちの間を、嵐のように吹き荒れる。

「私のケンを、返して!」マリが、私に掴みかかってくる。その手は、震えている。

「離して、マリ!これは、私の!私の、ケンなのよ!」私は、マリを突き飛ばした。彼女の体は、よろめいた。

二人の感情は、臨界点を超えた。もう、止まらない。この、激しいぶつかり合い。ああ、ケン!あなたは、この、私たちの、魂の叫びを、どう受け止めるの……?

ケンは、ただ、立ち尽くしていた。私たちの、剥き出しの感情の衝突に、圧倒されるように。

私は、マリに掴みかかった。マリは、私を突き飛ばした。その瞬間、二人の感情は、頂点に達し、激しくぶつかり合ったまま、世界は、突然、静寂に包まれた。

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