リビングから、星屑の申請
「ねえ、蓮。あの雲、なんだか銀河みたいじゃない?」
雨粒が窓ガラスを叩く音が、梅雨の午後の気だるさを掻き立てる。陽菜の声は、その音に掻き消されそうに細かった。
「は? ただの雲だろ。」
蓮はコントローラーを握ったまま、画面に釘付けだ。彼の世界は、今、仮想の戦場に没頭している。
「でも、もっとキラキラしてるんだ。遠い、遠い星屑みたいに。」
陽菜は、リビングの窓の外をぼんやりと見つめていた。灰色の空に浮かぶ、綿菓子のような雲。彼女の目には、それが宝石のように見えた。
「…星屑、ね。」
蓮は、ちらりと陽菜に視線を向けた。その声には、いつものからかいが混じっている。
「そうなの。だって、あの向こうには、きっと…」
陽菜は言葉を切り、リビングの片隅にある、埃をかぶった古い木箱に手を伸ばした。
「…陽菜? 何してんだよ、そんなところで。」
蓮の声が、陽菜の空想を邪魔するように響く。
陽菜は、箱に触れた。指先に、微かな、電気のような痺れが走った。箱の隙間から、淡い光が漏れ出ている。まるで、遠い星の瞬きを閉じ込めたかのようだ。部屋の空気は、オゾンと、微かな金属の匂いが混じり合い、奇妙な静寂が辺りを包んだ。
「…うわ。」
箱を開けると、中には見たこともない、複雑な形状の金属片がいくつか。そして、その傍らに、古びた羊皮紙のような、申込書のようなものが一枚。
陽菜は、それに目を凝らした。
『スペースシャトル搭乗申請…』
「…は?」
半信半疑。でも、指先は震えている。鉛筆を握りしめた。
「…陽菜? 何してるんだよ、それ。」
蓮が、ゲームの音を止め、陽菜の傍らにやってきた。
陽菜は、顔を上げない。ただ、鉛筆を走らせる。
「…なんでもない。」
その声は、まるで遠い宇宙の彼方から響いてくるかのようだった。
書き終えた、その瞬間。
リビングの窓の外。梅雨空は、跡形もなく消え去っていた。
代わりに広がっていたのは、見渡す限りの、満天の星空。
そして、部屋の中央に、静かに、しかし確かに、銀色の小さなスペースシャトルが着陸した。
蓮は、コントローラーを床に落とし、呆然と立ち尽くす。
「…陽菜。あれ、本気で言ってるのか?」
陽菜は、震える手で申込書を握りしめ、蓮に向き直った。
蓮:「…陽菜、あれ、本気で言ってるのか?」
(長い、長い沈黙。)
リビングには、シャトルの静かな駆動音だけが響いていた。
陽菜は、蓮の目をまっすぐに見つめ返す。
陽菜:「(静かに、しかし強い意志を込めて)…だって、申請、しちゃったんだもん。」
陽菜が、シャトルのハッチに手をかけようとした、その瞬間。