爆走!納戸ロケットと光速のジャージ

「ジジジジジ……ミーン、ミンミンミン!」

真夏の太陽が、これでもかとばかりに地面を焦がしている。アスファルトからは陽炎が立ち上り、世界全体がぐにゃりと歪んで見えた。

「あーっ、つまんねえ! 退屈で死ぬ! 脳みそが溶けて耳から出てきそうだ!」

縁側で大の字になっていたカケルが、いきなりガバッ! と上半身を起こして叫んだ。口にくわえていたアイスの棒が、ポトリと畳に落ちる。

「ちょ、ちょっとカケルくん、急に大声出さないでよ。僕の心臓が『理論上の許容範囲』を超えてビックリしちゃったじゃないか」

隣で分厚い図鑑を読んでいたマナブが、ズレた眼鏡をクイクイッと直しながら文句を言う。二人は今、田舎にあるカケルの祖父の家に遊びに来ていた。山と田んぼしかないこの場所は、冒険好きなカケルにとって、最初は天国に見えた。だが、三日も経てば話は別だ。

「マナブ、探検だ! 今すぐ冒険に行くぞ!」

「ええっ? 外は気温三十五度だよ? 熱中症リスクが……」

「うるさい! 俺の直感が呼んでるんだよ! この家の奥……『開かずの納戸』が俺を呼んでる!」

カケルはマナブの腕を強引に掴むと、ドカドカと廊下を走り出した。

「ちょ、待ってよ! あそこは爺ちゃんが『絶対に入っちゃならん』って言ってた聖域(サンクチュアリ)だよ!?」

「だからこそ燃えるんだろ! 行くぜ、相棒!」

古い日本家屋の長い廊下を、二人は風のように駆け抜ける。突き当たりにある重厚な木の扉。そこには墨文字で『立入禁止』と書かれたお札がベタベタと貼られていた。

「うわぁ、雰囲気ありすぎ……。やっぱりやめようよカケルくん」

「へへっ、ビビってんのか? 俺に任せろ!」

カケルは躊躇なく、その重い扉に飛び蹴りを食らわせた。

ドォォォォン!!

派手な音と共に、錠前が弾け飛び、扉が悲鳴を上げて開く。ムワッ! と湿ったカビ臭い空気と、埃の粒子が二人に襲いかかった。

「ゲホッ、ゲホッ! すっげえ埃!」

「うう……カビの胞子レベルが危険域だよ……」

二人が目をこらしながら中へ踏み込むと、そこはガラクタの迷宮だった。昭和時代の扇風機、足の折れた椅子、謎の木彫りの熊……。

「なんだよ、ただのゴミ捨て場か?」

カケルがつまらなそうに足元の箱を蹴飛ばした、その時だ。

キラリッ。

部屋の最深部、ガラクタの山の下から、異様な輝きが漏れ出した。

「ん? なんだあれ」

カケルがガラクタをどかすと、そこには銀色にギラギラと輝く、奇妙な『ジャージ』が二着、鎮座していた。見たこともない素材だ。まるで水銀のように滑らかで、触れるとヒヤリと冷たい。

「うおっ、すっげえ! かっけええ!」

「待ってカケルくん! その繊維、おかしいよ。幾何学模様が勝手に動いてる……これ、地球の科学で作られた服じゃない!」

マナブが警告するのも聞かず、カケルは既にジャージに袖を通していた。

「細かいことは気にすんなって! お、サイズぴったり!」

その瞬間。

キュイィィィィン!!

ジャージが生き物のように収縮し、カケルの体にピタリと吸い付いた! 胸元のエンブレムが、バチバチッ! と激しい青白いスパークを散らす。

「うわっ、なんだこれ! 力が……力が湧いてくるぞ! マナブ、お前も着ろ!」

「いやだよ! そんな怪しいもの……うわっ!」

カケルが無理やりマナブにジャージを被せる。するとマナブの体も銀色の光に包まれた。

ズズズズズ……ズズンッ!!

突如、納戸全体が巨大な獣の唸り声のような地響きを立てて揺れ始めた。

「じ、地震!? 震度いくつだ!?」

「違う、見てみろマナブ! 部屋が……変身してる!」

ガシャーン! ウィィィン! バシュッ!

壁の板張りが次々と剥がれ落ち、その下から複雑な配線と金属のパネルが飛び出す。天井の裸電球が割れ、代わりにホログラムの計器類が空中に浮かび上がった。壁のシミだと思っていた汚れが、パッ! と鮮明な超高解像度モニターへと早変わりする。

そこに映し出されていたのは、見慣れた庭の風景ではなく、漆黒の闇に広がる満天の星空だった。

「こ、ここ……宇宙船のコックピットだ!!」

マナブが裏返った声で叫ぶ。納戸だと思っていたこの部屋は、実は偽装された超古代、あるいは未来の宇宙船だったのだ!

「すっげえええ! 爺ちゃん、こんな隠し玉持ってたのかよ!」

カケルは目を輝かせ、操縦席らしきシートに飛び乗った。

「発進だ! 全速前進!」

「待って! マニュアルもなしに動かせるわけが……」

ドッッカァァァァン!!

マナブの静止も虚しく、制御不能のまま納戸ロケットは爆発的な加速を開始した。強烈なGが二人の体をシートに押し付ける。家が、山が、地球が、みるみる遠ざかっていく。

「うひょおおお! 最高だぜえええ!」

「最高じゃないよ! 前! 前を見て!」

モニターに赤い警告灯が激しく点滅している。進行方向には、巨大な小惑星が立ちはだかっていた。ゴツゴツとした岩肌が、目前まで迫っている。

『警告。衝突まであと五秒。四、三……』

無機質な機械音声がカウントダウンを告げる。

「ぶつかるっ! 死ぬっ! 僕の人生、まだ因数分解も極めてないのに!」

「諦めんじゃねえ! 何かあるはずだ……回避する方法が!」

カケルはコンソールを睨みつける。無数のボタンの中で、一つだけ、ドクン、ドクンと脈打つように赤く光るボタンがあった。

「カケルくん、その赤いボタンだ! 『緊急次元跳躍』って書いてある……多分!」

「どれだ! これかあああ!!」

カケルは雄叫びと共に、拳でそのボタンを叩き込んだ。

「いっけえええええええ!!」

カッッッ!!!!

二人の着ているジャージが、太陽よりも眩しい光を放つ。船体全体が黄金のオーラに包まれ、物理法則を無視した急加速を見せた。

『光速』を超えた。

ビリビリビリッ! バリィィン!

空間がガラスのように引き裂かれる音が響く。視界から色が消え、すべてが真っ白な光の彼方へと吸い込まれていく。

「うおおおおおおおお!」

意識が遠のく中、カケルは笑っていた。これだ。俺が求めていたのは、このドキドキだ!

***

どれくらいの時間が経っただろうか。

プシュゥゥゥ……。

圧縮空気が抜けるような音と共に、扉が開く。白い煙の中から、カケルとマナブはフラフラと外へ這い出した。

「い、生きてる……?」

マナブが眼鏡を拭いて顔を上げる。そして、絶句した。

そこは、地球ではなかった。

紫色の空には、巨大な二つの月がドーン! と浮かび、見たこともない極彩色の巨大植物が、生き物のようにウネウネと蠢いている。遠くからは、恐竜のような、あるいは機械のような、低い咆哮が響いてきた。

「重力係数0・8、大気成分不明……理論上ありえない。でも……すっげえ……」

呆然とするマナブの横で、カケルがニカっと笑う。膝の絆創膏は剥がれかけ、顔は煤だらけだが、その瞳は今までで一番輝いていた。

バシッ!

カケルがマナブの背中を力強く叩く。

「へへ、ここからが本当の冒険の始まりだぜ!」

「痛っ! もう……カケルくんには敵わないな」

「行くぞマナブ! あの丘の向こうに、何があるか見に行こうぜ!」

二人は未知の大地へ向かって、砂煙を上げてダッシュした。夏休みは、まだ始まったばかりだ!

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