初詣の帰りに消えた兄、山頂に遺された奇妙なメッセージ

元旦の寒々とした空気を切り裂くように、兄・健一は弾んだ声で私を急かした。「さあ、行くぞ!初詣だ!」

都心からさほど遠くない、しかし都会の喧騒とは無縁の静かな山。毎年、私たちはこの時期に、山頂にある小さな祠を目指して登る。健一は、私の数年先輩にあたる青年で、明るく、誰からも好かれる類いの人間だった。だが、最近の彼はどこか違った。時折見せる、遠くを見つめるような瞳。そして、暗号めいたメモを書き残す奇癖。それらが、私の胸に漠然とした不安を募らせていた。

「この山にはな、昔から伝わる秘密があるんだ」

山道で、健一は冗談めかしてそう言った。その声は軽かったが、一瞬、私の見間違いでなければ、彼の瞳に真剣な光が宿ったように見えた。

「最近、健一兄さん、妙にハイテンションだね」

幼馴染の山田が、気遣わしげに呟く。隣では、もう一人の友人、佐藤が無言で頷いた。

「まあ、健一兄さんらしいよ。でも、あのメモは何なんだろうな。数字と記号ばっかりで、まるで宝の地図みたいだ」

山田の言葉に、私は内心で同意した。最近、健一が書き残したメモ。そこには、意味不明な数字と記号の羅列があった。「5-11-13-2-5-18 3-1-14-4-5 19-15-13-5-19 1-14-4 20-8-5 19-15-13-5-19 12-1-14-4」

山頂に到着し、祠に参拝を済ませた後、私たちは記念撮影を始めた。その隙に、健一は一人、祠の裏手へと姿を消した。

「ちょっと、いい眺めを見に行ってくる」

そう言い残したきり、健一は戻ってこなかった。

「健一!」「おい、どこだ!」

友人たちの呼び声が虚しく響く。焦りが募る。私は、健一が以前「この山に、秘密の場所がある」と話していたことを思い出した。そして、あのメモ。

「まさか……」

祠の裏手の岩陰で、私たちはそれを発見した。健一が残したと思われる、あの暗号めいたメッセージ。そして、その傍らには、健一がいつも首から下げていた、小さな金属片が落ちていた。金属片には、暗号の一部を示唆するような、微細な傷が刻まれている。

「これは、健一からの挑戦状だ」

私は直感した。兄が残したこの謎を解き明かし、彼を見つけ出さなければならない。

「遭難したんじゃないか?警察を呼ぼう!」山田が青ざめた顔で叫ぶ。

「落ち着け」佐藤が冷静に言った。「兄貴は、こんなことで消えるような奴じゃない。何か、大きな決断をしたんだ」

私は、健一が熱心に読んでいた「数秘術」や「暗号解読」の本を思い出した。あの数字の羅列。アルファベットの順番(A=1, B=2…)で変換してみる。しかし、意味のある言葉にはならない。

「5-11-13-2-5-18」→ E-K-M-B-E-R 「3-1-14-4-5」→ C-A-N-D-E 「19-15-13-5-19」→ S-O-M-E-S 「1-14-4」→ A-N-D 「20-8-5」→ T-H-E 「19-15-13-5-19」→ S-O-M-E-S 「12-1-14-4」→ L-A-N-D

EKMB-ER CANDE SOMES AND THE SOMES LAND?

馬鹿げている。健一は、数年前にこの山で起きた、ある未解決の事故について、話していたことがあった。「この山には、ある秘密を隠している。そして、その秘密は、あの事故と関係があるんだ」と。さらに、「数字のペアは、単なる足し算や引き算じゃないんだ。組み合わせによって、別の意味が生まれる」とも。

ペア……組み合わせ……。

私は、金属片の微細な傷に目をやった。それは、暗号の一部を示唆するだけでなく、ある「場所」への道標のようにも見えた。健一が熱心に読んでいた本の中に、「数字のペアは、それぞれが『ある場所』を示唆しており、それらを繋ぐことで隠された場所へ到達できる」という記述があったことを思い出した。まさか。

「5-11」は、山の入口から「5」番目の分岐点を通り、「11」分歩いた地点。 「13-2」は、そこから「13」番目の目印を辿り、「2」つ目の岩を越えた場所。

それらの地点を繋いでいくと、地図にも載っていない、山頂から離れた「隠された洞窟」の場所が示されていた。洞窟の奥には、健一が残した「最後のメッセージ」があった。

それは、数年前にこの山で起きた、ある未解決の事故の真相。そして、その事故の被害者を匿っていた人物、そしてその人物が健一に託した「秘密」についての告白だった。健一は、その真実を証明するために、そして、事件の真相を知る「ある人物」――それは、この物語の語り手である私自身、あるいは私にとって最も大切な人物――を守るために、自らの命を賭けた「見せかけの失踪」を計画したのだ。

彼は、兄である自分を「犯人」だと疑わせ、警察や周囲の目を自分に向けさせ、真犯人(あるいは真実を知る人物)が安全に逃れる時間を作り出した。そして、洞窟の奥には、健一が自らの手で仕掛けた「ある仕掛け」と、彼が救いたかった「証拠」が残されていた。その「仕掛け」は、特定の時間にしか作動しないものであり、「証拠」は、ある特定の人物にしか解読できないような暗号で記されていた。

私は、兄が私に残したメッセージを読み解き、その壮絶な自己犠牲の意図を理解した。恐怖と悲しみ、そして兄への尊敬の念が、私の胸を締め付ける。山頂に遺されたメッセージは、兄からの「最後のパズル」、そして「真実への道標」だったのだ。

兄の壮絶な自己犠牲と、事件の真相を知った私は、深い悲しみと尊敬の念に包まれる。兄が仕掛けた最後のパズルは解かれたが、その真実の重さに、私は静かな衝撃と、人間の愛の深さ、そして恐怖について考えさせられる。兄が守りたかった「証拠」と、彼が遺した「仕掛け」の真意は、今も私の胸の内に深く刻まれている。

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