銀色の光線、褪せた髪

初夏の陽射しが、埃っぽいガラス越しに斜めに差し込む。地方都市の片隅で、佐々木理容店はひっそりと佇んでいた。看板の文字は褪せ、店構えは昭和の記憶をそのまま閉じ込めたかのようだ。店主の佐々木健一は、七十代後半。かつては腕利きの職人として近所でも評判だったが、今では客足もまばらで、時代の流れに取り残されたような孤独が、彼の白髪の伸びる頭頂部を覆っていた。

「じいちゃん、また新しい毛染め、買ってきたよ」

都会から里帰りしている孫娘の陽菜が、明るい声で店に入ってきた。その声は、健一の静かな世界に、不意に色鮮やかな布を垂らしたかのようだった。陽菜は、祖父の頑なさと、このまま店がなくなってしまうのではないかという不安を、いつも胸の奥に抱えていた。

「…ああ、ありがとう」

健一は、ぶっきらぼうに答える。その手は、もう昔のように滑らかには動かなかった。陽菜は、店に積まれた古い雑誌の山を整理し始めた。その中から、埃をかぶったアルバムが姿を現す。

「これ、何の写真?」

陽菜が指差す写真には、幼い健一と、数人の子供たちが写っていた。皆、真剣な顔で、銀色に光る、奇妙な銃のようなおもちゃを手にしている。健一は、その写真に釘付けになった。そして、店の片隅に置かれた、同じ形のおもちゃを、不意に手に取った。銀色のプラスチックは、陽の光を鈍く反射し、ひんやりとした感触が指に伝わる。

「…光線銃、か」

なぜ今、このおもちゃが、こんなにも記憶を揺さぶるのだろう。健一の頭の中は、曖昧な記憶の糸くずで絡みつき、確かな形を掴めずにいた。それは、遠い昔の、しかし確かな、誰かの熱気のようなものを呼び覚ます、微かな違和感だった。

陽菜は、健一の昔の写真をさらに見つけた。そこには、近所の子供たちに囲まれ、中心で何かを叫んでいる若い頃の健一がいた。皆、目を輝かせ、健一が持つ「光線銃」に夢中になっている。健一は、その光景をぼんやりと思い出そうとしていた。あれは、彼が「宇宙からの贈り物」だと子供たちに信じ込ませた、光線銃だった。彼は、自分自身を「宇宙から来たヒーロー」だと名乗り、子供たちと「怪獣退治ごっこ」に興じていたのだ。特に、自分は宇宙人だと信じて疑わない、少し変わった少年がいた。その少年との絆は、健一の記憶の奥底に、確かな熱を帯びて残っていた。しかし、その少年の顔は、光線銃の記憶と共に、霞んでしまっていた。

その時、店のドアベルが鳴った。

「こんにちは。散髪、お願いできますかな?」

入ってきたのは、飄々とした雰囲気の、年老いた男だった。健一は、その男の顔を見た瞬間、息を呑んだ。見覚えのある、しかし年月を経て変わった顔。その、どこか懐かしい雰囲気に、健一の心臓が早鐘を打った。

「…おや、佐々木さん…じゃないですか。ずいぶん、お久しぶりですな」

男は、穏やかな、しかし含みのある声で言った。そして、健一が手に取っていた光線銃を、まるで昨日のことのように語り出した。

「あの頃は、よく、あの光線銃で怪獣を退治してくれたものです。私を、守ってくれた…」

健一は、目の前の老人が、あの、自分を「ヒーロー」だと信じていた、あの少年であったことに気づいた。長い年月が、彼らの記憶から多くのものを奪い去ったが、あの日の熱だけは、確かに残っていた。老人の目には、あの頃の少年の面影と、長い年月を経てなお消えない、深い孤独と、そしてかすかな希望が宿っていた。

「…また、あの光線銃で、私を助けてくれませんかな?」

老人は、静かに、しかし確かな響きで健一に頼んだ。健一は、無言で、手に持っていた光線銃を、そっと老人に向けた。そして、陽菜が見守る店先で、老人の褪せた髪に触れながら、まるで子供にするように、優しく、しかし力強く言った。

「大丈夫だ。お前は、もう一人じゃない」

散髪は終わった。健一は、光線銃を構えるような仕草をした。それは、過去の自分への、そしてあの少年への、精一杯の愛情表現だった。老人は、嬉しそうに、そしてどこか切なそうに微笑んだ。健一は、光線銃をそっと床に置いた。老人は、健一に深々と頭を下げ、静かに店を出ていった。

陽菜は、祖父の背中を見つめていた。その目には、老いた祖父の中に、かつてのヒーローの面影と、変わらない優しさを見出し、温かい涙が溢れていた。健一は、陽菜の涙に気づいた。何も言わず、ただ、寂しげに、しかし穏やかな表情で、店の奥へと消えていく。店には、まだ、あの日の光線銃が放った、銀色の光線が、微かに残っているかのようだった。

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