黒板に刻まれた、あの日のデュエル

同窓会。それは、かつて輝いていた(と、本人が思っている)自分と、現状の自分との残酷な比較会である。俺、佐藤健太、35歳。独身。実家暮らし。職業:転職回数だけは一人前。…いや、これじゃあ、ただのダメ人間じゃねえか。

「お前、相変わらずだな」

隣でニヤニヤしているのは、田中一郎。こいつとは、中学、高校、そして大学と、不思議な縁で繋がった腐れ縁だ。今じゃ、そこそこの企業の課長にまで登り詰めた、俺の人生の「もし~だったら」の対義語みたいなやつ。

「なんだよ、田中。そのニヤニヤは。俺よりはマシな人生送ってるくせに」

「マシかどうかは、知らんがな。で、健太、今日は何しに来たんだ? 同窓会は明日だろ?」

「いや、それがさ、なんか急に母校が懐かしくなって。どうせ明日、みんなで来るんだろうけど、先に下見しておこうかと思ってな」

「へえ。健太にしては、気が利くじゃねえか」

「うるせえな。…ていうか、田中も来んのかよ」

「そりゃあ、幹事だからな。まあ、お前みたいに『昔は俺、モテたんだぜ!』とか、武勇伝を語りたいだけの奴とは違うが」

「ぶっ!なんだと!俺だって、お前みたいに、つまんねえ話ばっかりするわけじゃねえよ!」

そんなくだらない口論をしながら、俺たちは、かつて俺たちの青春が詰まっていた、母校へと足を踏み入れた。校門をくぐった瞬間、時間が止まったかのような錯覚に陥る。いや、止まったのは時間じゃなくて、この街そのものかもしれねえ。

「…なんか、寂れたな」

「廃校寸前だからな。来年あたりには、更地になって、老人ホームか、コンビニになるらしいぜ」

「マジかよ!俺たちの青春が、コンビニに!?」

「まあ、そんなもんだろ。で、どこの教室に行くんだ?」

「決まってるだろ。俺たちの、あの…」

俺たちは、足早に校舎へと向かった。軋む床、カビ臭い空気。まるで、時が止まったまま、忘れ去られたタイムカプセルのようだ。そして、俺たちの目的地、3年B組の教室のドアを開けた。

「うわっ…」

そこは、想像以上に荒れ果てていた。机は散乱し、窓ガラスは割れている。しかし、一点だけ、俺たちの目を釘付けにしたものがあった。

黒板。

そこには、無数の落書きがあった。俺たちが卒業して以来、誰かが、いや、何人かが、ここに想いをぶつけてきたのだろう。しかし、その中でも、ひときわ異彩を放つものがあった。

それは、古びたカードゲームのデッキリストと、走り書きのメモだった。

「…なんだ、これ?」

俺は、思わず呟いた。カードゲーム「デュエリスト・オブ・レジェンド ~終焉の刻~」。あの頃、俺たちが熱狂した、伝説のカードゲームだ。

「まさか…」

俺は、黒板に書かれたデッキリストを食い入るように見つめた。そして、その横に書かれたメモ。

『健太、お前の「ドラゴン・スラッシャー」は、相手のデッキを読めていない。 counter-attack を意識しろ。』

「…俺? 俺がこんなこと書いたのか?」

俺の記憶が確かなら、これは俺が書いたはずだ。あの頃、俺は「ドラゴン・スラッシャー」という、攻撃力重視のデッキを愛用していた。そして、田中は、防御力重視の「鉄壁の要塞」デッキ。

「おい、田中。これ、俺が書いたんだ。覚えてるか?」

「…ああ、覚えてる。卒業間際、俺たち、この黒板で、最後のデュエルについて熱く語り合ったよな」

「そうそう! あの時、俺は、お前の『鉄壁の要塞』を打ち破るための、新たな戦略を練ってたんだ! このメモは、その決意表明みたいなもんだ!」

俺は、当時の熱い気持ちが蘇り、思わず力説してしまった。田中は、そんな俺を冷静に見つめ、ニヤリと笑った。

「ふーん。で、健太、君は、このメモに『counter-attack を意識しろ』と書いて、僕に何を伝えたかったんだ?」

「え? だから、お前の『鉄壁の要塞』は、防御に特化しすぎて、攻撃の起点がないってことだろ? 俺の『ドラゴン・スラッシャー』は、その隙を突いて、一気に攻め込むんだ!」

「…ほう。で、僕が君のメモに書いた『いや、あの時君はこう言ってたよ』という返信はどういう意味だったんだ?」

「はあ? なんだそれ? そんなこと書いてあったか?」

俺は、黒板をよく見た。確かに、俺のデッキリストとメモの下に、田中の筆跡らしき文字で、「いや、あの時君はこう言ってたよ」と書かれている。

「なんだよ、それ。俺は、そんなこと言ってねえぞ!」

「そうか? 僕の記憶では、君は『ドラゴン・スラッシャー』の弱点について、僕に相談していたはずだが?」

「はあ!? 俺が相談するわけねえだろ! 俺は、常に最強なんだよ!」

「ふむ。で、君が熱弁を振るっていた『最強のデッキ』論争は、結局どうなった?」

「決まってるだろ! 俺の『ドラゴン・スラッシャー』が最強だったんだよ!」

「…そうか? 記憶違いでは?」

「お前こそ、記憶違いだろ! あの頃は、俺が圧倒的に強かったんだ!」

俺たちは、黒板を指さしながら、あの頃のように、くだらないプライドをぶつけ合っていた。だが、ふと、俺は黒板の隅に、見慣れない名前と、さらに古びたデッキリストとメモが残されていることに気づいた。

「…なんだ、これ?」

そこには、「山田太郎」という名前と、さらに詳細なデッキリスト、そして、俺たちの議論を嘲笑うかのようなメモが記されていた。

『健太のデッキは攻撃偏重で脆く、田中は守備ばかりで決め手に欠ける。結局、バランスと読みが全て。まあ、どうでもいいけど。』

俺と田中は、顔を見合わせ、そして、同時に吹き出した。

「…山田?」

「あいつか…」

山田太郎。クラスでも目立たない、地味な存在だった。まさか、あいつが、俺たちの「最強のデッキ」論争を、全て見透かしていたなんて。

「…おい、健太。君、本当に『counter-attack を意識しろ』って言われたのか?」

「いや、俺は、そんなこと言われた記憶はねえな。むしろ、お前が俺に、『攻撃偏重で脆い』って言ってたような気が…」

「…俺も、そんなこと言ってたかなあ…」

俺たちは、黒板に書かれた、誰にも知られなかった「もう一つの伝説」の痕跡を前に、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

「…いや、山田、お前、俺たちの青春、全部見透かしてたのかよ。」

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