校長室の消えた絵葉書

校長室のドアを開けた瞬間、朝比奈浩介は空気が凍りついたような感覚に襲われた。床に倒れ伏す校長・神崎隆一。その傍らには、無残に割れた花瓶と、校長が宝物のように扱っていた古い絵葉書が散乱していた。警察が到着するまでの間、朝比奈はこの異様な光景を前に、まるでパズルのピースを探すかのように、部屋の中を仔細に観察した。密室ではなかった。しかし、外部からの侵入を示唆する痕跡は皆無。ただ一つ、机の上に不自然に残された、宅配便の伝票。その隅に、インクが僅かに滲み、筆跡が妙に乱れているように見えた。

捜査は静かに、しかし迅速に進んだ。死因は鈍器による後頭部への一撃。現場には争った形跡も、侵入された形跡もほとんどないという。朝比奈の脳裏に、あの宅配便の伝票が引っかかっていた。それは、校長が普段受け取るであろう最新式の伝票ではなく、どこか古びた、見慣れないタイプのものだった。そして、校長が熱心な絵葉書コレクターであったことは誰もが知っている。しかし、割れた花瓶の近くにあった絵葉書は、校長が最近入手したという、特別なものではなさそうだった。一体、何が起こったのか。

朝比奈は、校長と関わりのあった者たちに話を聞いて回った。校長の秘書である宇野恵子。彼女は、校長が最近、何かに悩んでいる様子だったと語った。「誰かからの手紙を、待っているようでした」と、彼女は静かに付け加えた。校長とは長年の友人でありながら、最近は疎遠になっていたという美術教師の存在も、かすかに浮かび上がった。一方、事件当日、指定された時間に学校へ荷物を届けたという宅配業者の佐々木健太は、校長室には立ち入っていないと断言した。「伝票が、いつの間にかなくなっていたんです」と、彼はぶっきらぼうに言った。

朝比奈は、校長が収集していた絵葉書をもう一度見せてもらった。その中から、事件現場にあったものと酷似した絵葉書を見つけた。しかし、それは微妙に異なっていた。この絵葉書には、ある人物からの「嫉妬」を匂わせるような、短いメッセージが記されていた。さらに、佐々木が確かに届けたはずの荷物は、校長宛てのものではなかったことが判明した。そして、校長室の机の引き出しの奥から、宇野が校長に宛てた手紙が見つかった。そこには、校長への愛情と共に、「なぜ私だけを見てくれないのですか」という、切実な問いかけが綴られていた。宇野の校長への秘めたる「嫉妬」。佐々木の恨み。美術教師の確執。疑念はいくつも浮上したが、決定的な証拠は掴めない。

ふと、朝比奈の視線が、校長室の窓の外に釘付けになった。そこには、事件当時、現代の学校には不釣り合いな、「古いタイプの宅配ボックス」が設置されていた。それは、校長が密かに、ある人物との「秘密のやり取り」のために、人目につかないように設置したものだったのだ。そして、割れた花瓶、散乱した絵葉書。朝比奈は、ある一点に気づいた。校長は、その秘密の宅配ボックスに届いた「絵葉書」を、宇野が贈ったものと勘違いし、美術教師から贈られたものだと誤解して、喜び勇んで手に取ったために、花瓶を倒し、絵葉書を割ってしまったのではないか。

「犯人は、宇野さんですね」

朝比奈の声が、静かな校長室に響いた。宇野は、校長への「嫉妬」に狂っていた。彼女は、校長が秘密裏に利用していた「宅配便」のシステムを逆手に取ったのだ。佐々木の制服を盗み、配達員になりすまして校長室へ侵入。校長は、宇野が配達員だと信じ込み、油断したところを鈍器で殴られた。割れた花瓶と絵葉書は、犯行後に彼女が現場を偽装するために散乱させたものだ。そして、現場に残された「宅配便の伝票」。それは、宇野が校長になりすまして「宅配便」を受け取った証拠であり、同時に、校長が「嫉妬」の対象である人物からの「宅配便」を待っていたという、巧妙なミスディレクションだった。宇野は、佐々木の制服を盗み、佐々木が持っていた「古いタイプの伝票」を、巧妙に偽造して現場に残したのだ。校長が大切にしていた絵葉書は、実は宇野が校長に贈ったものだった。しかし、校長はそれを他の誰か(美術教師)に贈られたものと勘違いし、宇野の「嫉妬」をさらに煽っていた。校長が「秘密のやり取り」のために設置した古い宅配ボックス、宇野が配達員になりすますために佐々木の制服を盗んだこと、そして、校長が校長室の鍵を複製していたこと――すべてが、一本の線で繋がった。宇野は、校長からの愛情を独占したいという、ただひたすらに純粋な「嫉妬」から、この凶行に及んだのだ。

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