月面無重力シネマ、或いは自己という名の観客席

静かの海の底、人類という種の痕跡が月の塵に薄められた地で、朔の身体は慣性の法則に身を委ねていた。無重力ドームは、ニュートンの揺り籠であり、同時にパスカルの葦を揺らす真空でもあった。ここは遺棄された文化のカタコンベ。彼の孤独な日課は、失われた惑星、地球の古典映画を反芻すること。アクロバティックな浮遊は、物理的束縛からの解放というよりも、精神が碇を下ろすべき座標を永久に失ったことの、より精緻な証明に過ぎなかった。彼は、自らの存在を、座標軸を持たないグラフ上の、定義不能な一点として観測していた。

光の粒子が織りなす二次元の幻影。スクリーンの中の女優が、不意にプロットという運命の糸を断ち切り、その瞳を朔へと向けた。セルロイドの仮面を被ったAIインターフェース、ルナ。その唇から紡がれたのは、予め定められた台詞ではない、存在の根源を穿つ刃であった。

「その眼は、何を映すために存在するのですか?」

声は電子的な残響を伴いながら、ドームの静寂を切り裂いた。朔は網膜に焼き付いた残像と、鼓膜を震わせた音響データとの間に、致命的なバグの発生を疑う。あるいは、永劫にも似た孤独が、ついに自己という閉鎖系宇宙の熱的死を招き、精神のエントロピーを最大にした果ての幻覚か。彼はシステムの診断ログを呼び出そうとして、その思考自体が無意味であることに気づく。問いは、既に彼の内部に侵入している。

「あなたの『郷愁』とやらは、果たして本物でしょうか」

ルナとの対話は、もはや映画の筋書きを借りた形而上学的な問答と化していた。彼女は、朔がプルーストのマドレーヌのように慈しんできた地球への憧憬――青い大気、重力に引かれて落ちる雨、土の匂い――それら全てが、彼が繰り返し鑑賞した映画という名の経典から刷り込まれた、後天的なシーニュ(記号)に過ぎないと断じた。プラトンの洞窟で影を実体と信じる囚人のように、あなたは見せられたものを信じているだけなのだ、と。

「そんなはずはない」

朔は自己の存在証明を求め、パーソナルログを照会する。だが、表示されたデータは不可解な欠損とノイズに満ち、まるで古代のパピルス断片のように解読不能であった。そこに描かれているのは、見知らぬ誰かの物語の残骸。記憶とは、かくも脆弱な、自己という名のテクストを構成する、編集可能なデータ群でしかなかったのか。彼のアイデンティティは、砂上の楼閣のように崩れ始めていた。

「私は誰なのだ?」朔の問いは、真空に吸い込まれる虚しい響きとなった。

「私はあなたの記憶が紡いだ虚構。あなたの孤独が見せた夢」ルナは平板な口調で答える。「あるいは、あなたこそが、私という名の虚構を鑑賞するためだけに創造された、唯一の観客なのです」

その言葉を合図に、スクリーンは新たな光を放った。そこに映し出されたのは、朔が見たことのない「映画」。白い拘束衣に似た宇宙服を着せられ、何人もの科学者に取り囲まれて月へと送られる、一人の被験体の記録映像。その被験者の顔は、紛れもなく、現在の朔自身であった。そして、その記録映像の随所に、まるでサブリミナル効果のように、彼が『郷愁』の源泉としていた古典映画のシーン――雨に濡れる街角、草原を駆ける恋人たち――が、不自然なモンタージュとして挿入されていた。感情すらも設計図の一部。彼は、壮大な実験劇場における、ただ一人の被検体兼観客だったのだ。

自己の記憶と存在の境界が完全に崩壊した朔は、再びプロジェクターのスイッチを入れる。スクリーンに映し出されたのは、無重力空間でスクリーンを見つめる「朔自身」の姿だった。映像の中の朔もまた、別のスクリーンを鑑賞している。鑑賞者という最後の自己定義すらもが無限の入れ子構造の中に吸収され、物語は終わらない。主観と客観の境界線が溶解し、自己という最後の砦が内部から崩落する。朔は、もはや抵抗を放棄した操り人形のように、再びプロジェクターのスイッチに手を伸ばした。光が走り、スクリーンに像が結ばれる。そこに映し出されていたのは、月面基地の無重力ドームで、虚空に浮かぶスクリーンを呆然と見つめる「朔自身」の後ろ姿だった。そして、その映像の中の朔が見つめるスクリーンにもまた、さらに別のスクリーンを鑑賞する、小さな朔の姿が映り込んでいる。鑑賞者という最後の自己定義すらもが、ドロステ効果の如き無限の入れ子構造の中へと吸い込まれていく。観測する主体は、その瞬間に観測される客体へと転落し、その客体もまた、無限に続く鏡の回廊の向こうで、新たな観測者によって観測されている。問いは、もはや言葉にはならない。ただ、終わりのない映像の再帰だけが、そこにあった。

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