市場の子供と消えゆく呪符

夕暮れが、埃まみれの露店市場を鈍い橙色に染めていた。風が、色褪せたテントの布を震わせ、砂塵を宙に舞い上がらせる。その乾いた音だけが、かつて賑わいを誇ったであろう場所の、今は空虚な響きを掻き消していた。リコは、市場の片隅にひっそりと佇む、老婆の営む露店に吸い寄せられるように歩み寄った。そこには、奇妙な、しかしどこか懐かしい模様が描かれた、古びた呪符が、風に揺られながら静かに並んでいた。

リコは、無数の呪符の中から、一枚の、ひときわ色褪せたものに指先を伸ばした。指先に触れた瞬間、それは、他の冷たい紙片とは異なり、かすかな、しかし確かな温かみを宿しているように感じられた。まるで、古くから眠っていた記憶が、微かに息を吹き返したかのようだった。老婆は、その呪符を手に取り、かすれた声で語り始めた。「これはな、失われゆくもの、すべてを守る力を持つ呪符じゃ」。その古めかしい言葉は、市場を渡る風の囁きのように、遠く、そしてすぐ近くで響いた。温かみは、失われた時間のかけら、あるいは、もう二度と戻らない誰かの面影のようだった。

リコは、祖母が遺した古いオルゴールを取り出した。それは、かつては美しい旋律を奏でていたが、今はもう、その奏でるべき音をどこにも留めていない、ただの空虚な箱と化していた。リコはそのオルゴールを老婆に差し出し、呪符と交換した。老婆は無言でそれを受け取り、リコは得たばかりの呪符を、まるで命の宿った宝物のように、そっと胸に抱きしめた。自室に戻ると、リコはその呪符を窓辺に飾った。窓の外には、広大な、しかし何も映さない空が、静かに広がっていた。呪符は、リコの孤独な部屋に、まるで長年の友のように、静かに佇み、かすかな温もりを放ち続けていた。

数日後、リコが再び市場を訪れると、老婆の露店は跡形もなく消え去っていた。風が吹き荒れた後の空き地には、そこに店があったという痕跡すら、もう何も残されていなかった。市場のどこを探しても、老婆の姿は見当たらない。まるで、風に溶け、市場の埃に還り、風景そのものに吸い込まれてしまったかのようだった。リコは、失われゆくものへの静かな郷愁と、世界の移ろいやすさを、言葉にならないほど深く、静かに感じ取っていた。

リコは、市場の片隅に一人、立ち尽くした。風が吹き抜け、埃が舞い、遠くで犬が吠える声が微かに聞こえる。手元には、もう老婆の姿も、あの温かい呪符も残されていない。しかし、リコの心には、あの呪符が守ろうとした、言葉にならない「何か」の感触だけが、静かに、しかし確かに残っていた。それは、失われたという悲しみでも、手に入れたという喜びでもなく、ただ、世界がそうであるという、圧倒的な事実の提示として、リコの内に静かに収まった。窓辺に置かれたオルゴールが、かつて音を奏でていたことを、リコは遠く、そしてぼんやりと思い出した。市場の広大な風景の中に、リコの小さな姿が、風の音と共に、光の色と共に、静かに、静かに溶け込んでいった。

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