奇跡の宅配便、あるいは入学式前夜の騒動

来週に迫った、娘・恵の小学校入学式。佐藤健一、38歳、サラリーマン。人生の大きな節目を前に、妙にそわそわしていた。ランドセルはピカピカの高級品。制服も、アイロンばっちり。筆箱、ノート、鉛筆、給食袋……。もはや、完璧を通り越して、隙のない武装状態だ。だが、健一の心は晴れない。「大丈夫か、恵?」「友達に馬鹿にされたりしないか?」「そもそも、学校って、ちゃんと通えるのか?」果ては、「給食のパン、三角に切ってくれるかな?」まで、心配事は無限増殖中。妻の陽子からは、「あんた、考えすぎ!恵はあんなに元気なのに」と、冷たいツッコミが飛んでくる。

入学式前日。健一は、リビングで愛娘のランドセルを撫でていた。まるで、聖剣でも見ているかのような神妙な顔つきだ。「よし、これで完璧だ。あとは当日、恵が輝くだけだな」。

その時、玄関のチャイムが鳴った。

「ピンポーン」

「はいはい、今行きますよ」

健一がドアを開けると、そこにはいつもの宅配員が立っていた。しかし、手には見慣れない、黒くて光沢のある箱がある。まるで、最新のAIが粘土をこねて作ったかのような、滑らかな曲線を描く物体だ。「ご注文のお品でございます。ご本人様確認、完了しております。」宅配員は、感情の欠片もない声で告げた。送り主の名前は、空欄。しかし、健一の名前と住所は、驚くほど正確に記載されている。「え?でも、私、何も注文してないですよ?」健一が戸惑いを隠せないでいると、宅配員はそれ以上何も言わず、あっという間に軽トラに乗り込んで走り去っていった。残されたのは、健一の胸に、注文した覚えのない「何か」への疑念だけだった。

「なんだこれ……?」

健一は、恐る恐る箱を開けた。中には、キラキラと輝く、見たこともないような素材でできた、小さな「何か」が入っている。それは、宝石のようでもあり、宇宙の星雲のようでもあった。触れてみると、なぜか頭の中に、懐かしい童謡が流れ出したような気がする。「えっ、何これ?」「もしかして、これって……?」健一は、思わず感嘆の声を漏らした。陽子も、訝しげな顔で覗き込む。「何よ、それ?変な置物じゃない?」しかし、娘の恵は目を輝かせた。「わー!きれい!これ、なあに?」健一は、この謎の物体が、恵の入学式に何か特別な意味を持つのではないかと、深読みし始めた。「きっと、これは『入学のお祝い』で、他の子にはない特別な『何か』を贈られたに違いない!娘を特別にしたい!」健一の願望が、この謎の物体に奇妙な意味を見出させてしまったのだ。「いや、きっと何か意味があるはずだ!これは、恵を『普通』から一歩抜きん出させるための、神様からの贈り物なんだ!」健一は、勝手に使命感を燃やし始めた。

入学式当日。健一は、この謎の物体をどうにかして恵に持たせようと画策した。しかし、ランドセルに入れるには大きすぎる。手に持たせるのは、あまりにも奇妙だ。結局、健一は「これはお守りとして、お父さんが大切に持っておくよ」と、自分でこっそりスーツのポケットに忍ばせることにした。

式典が始まり、校長先生の挨拶、来賓の祝辞が続く。健一は、ポケットの中の謎の物体を時折撫でながら、「娘はきっと、この特別な力で……」と、期待に胸を膨らませていた。そして、いよいよ新入生代表の挨拶。壇上に立ったのは、なんと恵だった!健一は「やっぱり、この物体のおかげだ!」と確信し、胸が熱くなった。恵は、堂々と、しかし少し緊張した面持ちで、立派に挨拶を終えた。会場からは、割れんばかりの拍手が沸き起こる。

入学式が終わり、健一は興奮冷めやらぬまま、恵に駆け寄った。「恵、よく頑張ったな!お父さんの持ってる、あれのおかげだよ!」そう言って、ポケットから謎の物体を取り出そうとした、その時。

隣にいた陽子が、呆れたように言った。「あら、健一さん。まだそれ持ってたの?」「だって、これは……」「あれよ、昨日の夕方、あなたがネットで『入学式 サプライズ 子供が喜ぶ 手作り』で検索して、一番上に出てきた、DIYキットのサンプル品じゃない。材料費も送料もタダだったから、ついポチッとしちゃったのよ。」

健一が必死に「神様からの贈り物」だと思い込んでいたそれは、ただの無料サンプルだった。

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