消える灯台守
太平洋の孤島に立つ、最新鋭の灯台。その鉄塔の頂で、灯台守の海藤譲二は、息を呑んだ。先輩である古賀健一と共にこの島に渡ってきて、まだ一月も経っていない。真面目で観察眼の鋭い海藤は、しかし、経験不足からか、非科学的な現象に動揺しやすい一面があった。
それは、昨夜のことだった。真夜中、漆黒の海を照らし続けるはずの灯台の灯りが、ふっと、消えたのだ。数秒後、何事もなかったかのように再び力強い光を放ち始めたが、海藤の心臓は早鐘を打った。
「古賀さん、今の…」
「ああ、よくあることだ」
古賀は、いつものように飄々としていた。寡黙で、長年の経験に裏打ちされた落ち着きは、海藤には眩しく映る。しかし、「よくあること」など、海藤の知る灯台の運用ではあり得ない。
それから数日後、さらなる異変が海藤を襲う。灯台守の姿が、忽然と消えたのだ。海藤が、定期連絡のために管制室へ向かおうと扉を開けると、そこには誰もいない。古賀が、昨夜、灯台の灯りが消えたまさにその瞬間に、姿を消したというのだ。
「まさか…」
恐怖に駆られた海藤は、本土との連絡窓口である通信士に緊急通信を試みた。汗ばむ手でマイクを握りしめる。
「こちら、灯台守の海藤です。緊急事態です。古賀さんが、姿を消しました!灯台の光も、また消えました!」
通信士の声は、事務的で感情の起伏がない。「応答します。灯台のシステムは全て自動化されています。異常は感知されていません。」
「しかし、古賀さんがいないんです!昨夜、灯台の光が消えた時…」
「古賀さんは、最近、夜間の見回りを減らしていましたね。」
通信士の言葉に、海藤は眉をひそめた。確かに、古賀は最近、夜の灯台周辺を巡回する回数を減らしていたように記憶している。何か、灯台の光が消える現象に気づき、それを調査するためだったのだろうか?
さらに、海藤は昨晩、島で奇妙な光を見たという通信士の言葉も聞き逃さなかった。それは、灯台の灯りが消えた、まさにその時だったという。それは、一体何だったのか。
海藤は、古賀が最近、特定の気象データ、湿度、気圧、風速、そして電離層の数値などを熱心に記録していたことを思い出した。そして、古賀が時折、独り言のように「プラズマ…」と呟いていたことも。灯台の動力源は最新鋭のプラズマ発電機だが、故障の報告は一切ない。海藤は、古賀がこの「プラズマ」と「灯台の消灯現象」を結びつけていたのではないかと、疑念を深めていった。
灯台にまつわる過去の事故、島に伝わる「海の精霊」の伝説…。海藤は、古賀が消えたのは、灯台の怪異に巻き込まれた、あるいは何らかの超常現象によって消滅したのだと、確信し始めていた。古賀が残した気象記録に、異常な電離層の数値が頻繁に現れることに、彼は特に注意を払った。まるで、何かの前兆のように。
そんな不安に駆られながら、海藤は古賀の私室を整理していた。すると、机の引き出しの奥に、一冊の日誌が隠されているのを見つけた。
日誌には、気象データと灯台の消灯時間の詳細な記録が、びっしりと書き込まれていた。そして、「プラズマ放電の異常」「大気中の電離層の変化」「定期的な発生確率」といった、科学的な記述が並んでいたのだ。古賀が記録していたのは、灯台の消灯現象の予測だったのだ。彼は、その周期を正確に把握していた。
さらに、日誌の最後のページに、海藤は息を呑んだ。そこには、灯台のプラズマ発生装置の設計図の一部と、「緊急放電モード」に関する記述があった。その説明には、プラズマ放電が一時的に周辺の視界を歪ませ、光を屈折させることで、短時間、人影を「見えなくする」効果があることが記されていた。
昨晩、灯台の周辺で観測された特殊な気象条件(高湿度、低気圧、特定の風向)。それは、まさに日誌に記された「緊急放電モード」が作動する条件と合致していた。
海藤は、全てのピースが繋がるのを感じた。灯台の灯りが消える現象は、灯台のプラズマ発電機が特定の気象条件下で発生する「プラズマ放電」によって一時的に停止する「仕様」だったのだ。そして、古賀が姿を消した夜、彼は灯台のメンテナンスのために、非常用の「緊急放電モード」を作動させた。このモードは、プラズマ放電による視覚効果で、灯台守の姿も「一時的に消失」するように見える錯覚を引き起こす。古賀は、自らが「消えた」ように見せかけることで、灯台の「怪異」の真相を、海藤に自ら解き明かさせようとしていたのだ。
灯台の非常口から外に出た古賀は、日誌にそう書き残し、静かに島を後にしたのだ。海藤は、古賀の仕掛けた壮大な「挑戦状」に、驚きと納得の表情を浮かべた。それは、怪異ではなく、人間の知恵と、そして、新人への静かな期待が生み出した、精緻な「仕掛け」だったのだ。