凍結された誓約

雪は容赦なく降り積もる。この山村に冬の訪れは早く、そして過酷だ。 佐伯浩司は、スノーボードの板を抱え、凍てつく風に顔をしかめた。観光客は激減し、インストラクターとしての収入は雀の涙。生活は困窮していた。 かつて、この村は「精霊石」という、不思議な光を放つ鉱石の採掘で栄えた。だが、今はその採掘も細々と行われているのみ。村長は、枯れた声で語った。「精霊石こそが、我らの誇りであり、未来じゃ。」

村の若者たちが、高額な報酬に釣られて、危険な「精霊石」の追加採掘作業に駆り出されるようになった。作業中、原因不明の体調不良を訴える者が続出する。顔面蒼白になり、咳き込む者。指先が痺れると訴える者。だが、村長と村の有力者である田中譲二は、それを「精霊石」の浄化作用だと強弁し、作業を強行した。 「精霊石の神秘に触れることで、身についた穢れが浄化されるのじゃ。多少の倦怠感は、好転の兆しじゃ。」村長の言葉は、乾いた響きを持っていた。 佐伯は、親しい友人である健一が、日に日に顔色を悪くしていくのを目の当たりにしていた。健一は、幼い子供の顔を見るたびに、採掘作業への不安を口にしたが、その声は、村の重い空気にかき消された。

佐伯は、スノーボードの大会で優勝し、賞金を手にしようと決意した。しかし、優勝賞金ですら、家族を養うには焼け石に水だ。そんな中、村に最近移住してきた女性、エリカが、異質な存在感を放っていた。表向きは「精霊石」の効能に魅せられた研究者だと名乗っていたが、その聡明な瞳は、村の異変を鋭く捉えていた。 エリカは佐伯に接触してきた。「佐伯さん、この村の『精霊石』について、独自に調査を進めています。採掘現場の放射線量と、そこで発見される微細な有機物について、不審な点があるのです。」 彼女は、村の「精霊石」は、本来の性質とは異なり、採掘者の生命力を吸収する性質を持っている可能性を指摘した。佐伯は、エリカの冷静な分析に、漠然とした不安を覚えた。

追加採掘作業に参加していた若者の一人が、急激な衰弱により死亡した。村は動揺した。だが、村長は事態の隠蔽に躍起になった。田中は、死亡した若者の家族に、いくばくかの金銭を渡し、口止め料とした。そして、残された若者たちを焚きつけ、「精霊石」のさらなる採掘を促した。 「若者よ、故人の無念を晴らすのだ。精霊石は、我らの未来を約束する。この仕事こそ、村に活気を取り戻す唯一の道なのだ。」 佐伯は、死んだ若者の遺品の中から、一枚のメモを発見した。それは、採掘現場の過酷な労働条件を示す、走り書きの記録だった。作業員の健康状態に関する隠蔽された記録。それは、田中の言葉とは裏腹に、作業員たちが徐々に健康を蝕まれている事実を物語っていた。

エリカの調査は、決定的な段階を迎えていた。「精霊石」の異常な性質は、特定の不純物が混入したことで引き起こされていることが判明したのだ。そして、その不純物は、田中が「精霊石」の価値を一時的に高めるために、意図的に混入させていたものだった。田中は、採掘作業の危険性を隠蔽し、若者たちを「精霊石」に依存させることで、安価な労働力として搾取していたのだ。村長は、長年の「精霊石」信仰と、田中の甘言によって、この構造悪に加担していたことを、今更ながら認識した。しかし、その認識は、すでに遅すぎた。 佐伯は、事実を記録するため、スノーボードの技術を活かして、採掘現場の危険な状況を外部に知らせるための映像を撮影し始めた。雪崩のリスクを避け、滑落の恐怖に耐えながら、彼はカメラを回し続けた。

佐伯が撮影した映像は、村の外のメディアに流れた。しかし、事態は「事故」として処理された。村の「精霊石」の異常な性質は、採掘方法の誤りという、不可抗力として片付けられた。田中の悪質な搾取構造は、一部の不正行為として、処理されるに留まった。村は、一時的に外部からの注目を集めたが、根本的な経済構造、そして幻想に縋る人々の意識は、何も変わらなかった。 雪に閉ざされた村で、佐伯は、ただ一人、静かにスノーボードを滑る。雪煙が舞い上がる。それは、誰にも届かない、虚しい誓約のようだった。

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