指先が触れた、あの夏の積乱雲
夏休みが終わる気配が、じわりと肌にまとわりつく。部屋の窓から差し込む日差しは、まだ夏の盛りと変わらぬ強さで、けれどどこか寂しげに、私の頬を撫でていた。指先が、積乱雲の形が描かれたスケッチブックの、ざらりとした紙の感触をなぞる。空想の中では、あの真っ白な雲が、まるで息を吹きかけるだけで儚く消えてしまう綿毛のように、ふわりと形を変え、やがて空の青に溶けていった。そんな雲を眺めていると、ふと、佐伯くんのことを思う。彼が、ふいに私の名前を呼んだ時の、あの胸の奥からせり上がってくる熱。会話をするうち、指先が微かに震え出すのを感じた、あの感覚。それは、夏の終わりの日差しそのもののように、私の肌に、いえ、もっと深く、肌の奥にまで、熱い余韻を残していた。
私は、静かに私の日常を綴るブログを書いていた。アニメの感想。道端で見かけた小さな草花。そして、佐伯くんとの、ほんの些細なすれ違い。彼が通り過ぎた後の、ほんの一瞬だけ肌が感じる空気の温度の変化。そんな、言葉にならない感覚を、指先でなぞるように、言葉にすることが好きだった。ある日のこと。いつものようにブログを開くと、見慣れないコメントがついていた。「君の熱は、夏空に溶ける積乱雲みたいだね」。息を呑んだ。佐伯くん、からのコメントだ。その言葉は、まるで彼の指先が、私の肌にそっと触れたかのような、確かな熱を帯びていた。まさか、彼が私のブログを? その考えが、指先をじんわりと熱くさせた。そんなはずない、そう思いながらも、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。
学校が始まってからの日々は、まるで夢の中にいるようだった。教室の、ざわざわとした喧騒の中、ふとした瞬間に佐伯くんの視線を感じる。視線が合うと、頬が、耳たぶまで、あっという間に熱くなるのがわかった。ある休み時間。教科書を借りようと、思い切って彼の机に近づいた。その時、不意に、彼の指先が私の指先に触れそうになり、ピリッと痺れるような、微かな痛みが走った。彼は、一瞬だけ私の顔を見て、それから、ほんの小さく、口元を緩めた。その笑顔は、夏の終わりの気だるさと、どこか懐かしい風の匂いを纏って、私の心に、肌に、そっと染み渡った。彼の指先から伝わってくるのではないか、と思った、あの微かな熱。それは、きっと、私の空想が生み出した幻なのだろう。
夕暮れ時。私は、一人、学校の屋上にいた。空には、巨大な積乱雲が、ゆっくりと、まるで生き物のように形を変えながら、悠然と浮かんでいた。その時、背後から、彼の声がした。「星野さん、ブログ、いつも読んでるよ」。心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。全身の血液が、一気に沸騰したかのように熱くなる。佐伯くんは、私のブログに書いた、触覚や体温に関する、あの言葉にならないような表現に、静かに言及した。「俺も、そういうの、わかる気がする」。彼の言葉は、まるで私の肌に直接触れるかのように、確かな温もりを持って、私の鼓膜を震わせた。彼は、私の、言葉にならない感覚を、ちゃんと、拾い上げてくれていたのだ。肌の奥に、じんわりと、温かいものが広がっていくのがわかった。
佐伯くんは、夕焼けに染まる空に浮かぶ、巨大な積乱雲を指差した。「あの雲みたいに、いつか俺たちの気持ちも、もっとはっきり形になるのかな」。彼の指先が指し示す空と、彼の体温がすぐそばに伝わってくるような、その距離感に、私はただ、小さく頷くことしかできなかった。彼の言葉は、そのまま、私の心に、熱く、熱く、染み込んでいく。茜色の空の下、二人の間には、言葉にならないけれど、確かな「これから」への予感が、まるで空に浮かぶ積乱雲のように、ゆっくりと、しかし力強く、膨らんでいくのを感じていた。彼の指先が、私の指先に触れたかのような、淡く、けれど消えない熱が、指先に、静かに残っていた。