チャイムの残響
春の陽気は、この城下町に静かな沈黙をもたらした。入学式を終えたばかりの子供たちが、ランドセルを背負って登下校する姿が、かつては日常の風景だった。だが、その風景は今年、異様な速度で塗り替えられていった。まず、一人。次に、もう一人。小学校に入学したばかりの子供たちが、一人、また一人と、忽然と姿を消した。
町役場は「家出」と断定した。警察も、それを追認する形で捜査の初動を鈍らせた。町民たちは、まるでそれが当然であるかのように、あるいは、自分たちとは無関係であるかのように、その事実を受け入れた。佐藤健一は、この町で小さな探偵事務所を営む元刑事だった。彼の現実主義者としての感覚が、この異常な静けさの中に、最初の違和感を覚えた。子供の失踪という、本来であれば地域社会全体を揺るがすはずの事態に、迅速な捜査も、住民たちの騒ぎも、存在しなかった。
失踪した子供たちには、奇妙な共通点があった。皆、ランドセルを背負ったまま、学校への道すがら、あるいは自宅のチャイムが鳴った直後に消えている。まるで、唐突に、この世から抹消されたかのように。町の人々は、それすらも「子供のすること」と片付けた。あるいは、「都会の話」として、自分たちの平穏な日常から遠ざけようとした。佐藤は、この無関心そのものに、事件の根源があるのではないかと疑い始めた。個々の子供の失踪ではなく、この町全体を覆う集団的無関心という病理が、何かを見えなくさせているのではないかと。
佐藤は、独自に調査を開始した。古くからこの町で菓子屋を営む田中恵子に話を聞いた。彼女は、子供たちの失踪について、不安げな表情を浮かべながらも、町の人々が語らない事実に言及した。「最近、子供たちが町外れの廃墟について話していましたよ。なんだか、秘密基地みたいに。」しかし、その情報は、町民たちの間で囁かれる「噂話」の範疇を出なかった。町役場の山田浩司は、佐藤の協力を求める声に対して、事務的な態度に終始した。「失踪届は出ておりますが、現時点では家出の線で捜査しております。町に波風を立てるようなことはしたくない。」彼の態度は、単なる保身という個人的な動機を超え、この町が長年培ってきた、問題を矮小化し、隠蔽しようとする「構造悪」そのものを体現していた。
佐藤は、子供たちが消える時間帯に、町外れの廃墟から不審なチャイム音が聞こえるという、ある町民からの証言を得た。それは、子供たちの自宅のチャイム音と酷似していた。ある晩、佐藤は廃墟に潜入した。軋む床板を踏みしめ、埃っぽい空気を吸い込みながら、地下へと続く階段を下りた。そこは、想像以上に整然としていた。薄暗い部屋に、無数の小さなケージが並べられていた。そして、ケージの傍らには、外部からの「需要」に応えるための、連絡用の端末らしきものが設置されていた。子供たちは、この町の経済的困窮と、それを黙認する町民たちの集団的無関心が生み出した、隠された「システム」の一部として、連れ去られ、「商品」として扱われていたのだ。チャイムの音は、新たな「注文」を知らせる合図だった。それは、子供たちの無邪気な笑顔とは対照的な、冷酷なビジネスの音色だった。
佐藤は、決定的な証拠を掴んだ。しかし、この町は、その証拠すらも、静かに呑み込むだろう。役場の窓から見える風景は、何も変わらない。子供たちのランドセルが、学校への道すがら、あるいは自宅のチャイムの音と共に、静かに消えていく。町民たちの沈黙は、佐藤の告発を無力化する。役場の非協力も、事件を公式には「迷宮入り」へと追いやる。ただ、廃墟の奥から、無機質に響き渡るチャイムの音だけが、この城下町に、そして、この社会に巣食う構造悪の、冷たい残響として、永遠に鳴り響き続けるのだ。