氷菓のラジオと夏の熱

夏休みが終わる気配が、じっとりと肌にまとわりつく。陽菜の部屋は、扇風機が空気をかき回すだけで、熱がこびりついていた。窓の外では、蝉の声もどこか弱々しく、夏の終わりがゆっくりと、しかし確実に近づいているのを感じていた。唯一、この蒸し暑さから逃れられるのは、隣の叔父、健吾さんの部屋から微かに聞こえてくるラジオの音だけだった。叔父は、滅多に部屋から出てこない。あの、ひんやりとした、どこか別世界のような叔父の部屋。その気配を感じるだけで、陽菜の指先はかすかに震え、頬に熱が集まるのがわかった。不安なのか、それとも、もっと別の、名前のつけられない感情なのか。自分でもよくわからず、ただ、隣の部屋の壁にそっと耳を当てたくなる衝動に駆られていた。

その夜、ラジオの音がいつもよりずっと小さく聞こえた。まるで、囁くように。耳を澄ますと、かすかに、叔父の声が聞こえるような気がした。それは、ラジオの音声とは違う、低く、乾いた響きだった。そして、はっきりと、陽菜の名前を呼ぶ声が聞こえた。「…陽菜…」。その瞬間、背筋を冷たいものが駆け下りた。ひんやりとした、まるで氷菓の溶けた雫が肌を伝うような感覚。けれど、反対に、耳朶から頬、そして首筋にかけて、じりじりと熱がこもってくるのがわかった。叔父さんが、私の名前を…。まるで、私だけのために、その声がそこにあるかのように。その考えが、陽菜の全身を駆け巡り、体温を急上昇させた。

翌日、陽菜は意を決して、叔父の部屋のドアにそっと近づいた。何度か、指先でドアを叩く。コン、コン、と小さな音。返事はない。意を決して、そっとドアノブに手をかけると、それは少しだけ開いていた。開いた隙間から、部屋の中を覗き込む。叔父は、ベッドの端に座り込み、ラジオのチューニングダイヤルを回していた。部屋の中は、外の喧騒とは無縁のように、ひんやりとした空気が静かに流れていた。陽菜は、叔父の部屋の隅にある、古びた冷蔵庫に目をやる。そこから、冷たい麦茶のペットボトルを取り出した。冷たいペットボトルを握る指先から、その冷たさがじかに伝わってくる。震える手で、陽菜は叔父に麦茶を差し出した。叔父は、何も言わず、そのペットボトルを受け取った。その時、指先が、ほんの一瞬、陽菜の手に触れた。ひんやりとした、乾いた指先。その冷たさと、触れた瞬間に走った痺れるような感覚に、陽菜は息を呑んだ。それは、ただの物理的な接触ではなかった。心の奥底の、触れてはならない場所を、そっと撫でられたような、甘く、切ない疼きだった。

ラジオからは、夏の終わりを告げるような、物憂げなメロディーが静かに流れていた。陽菜は、まだ指先に、叔父の指先の冷たい感触が残っているような気がして、顔が熱くなるのを感じた。まるで、その感触が肌に焼き付いてしまったかのようだ。叔父は、麦茶を一気に飲み干すと、ゆっくりと顔を上げ、陽菜の顔をじっと見つめた。その視線は、普段の無愛想さとは全く違う、まっすぐで、どこか迷いを秘めたような瞳だった。陽菜は、普段ならすぐに目を逸らしてしまうのに、その日はなぜか、その視線から逃れることができなかった。叔父の瞳の奥に、初めて見る、特別な光を見たような気がした。それは、静かで、けれど力強い、陽菜だけに向けられた光だった。

叔父が、ゆっくりと、乾いた唇を開いた。「…喉、乾いてたんだろ?」その言葉は、ラジオの音よりも、部屋の冷たい空気よりも、陽菜の肌に直接触れてくるような、特別な響きを持っていた。陽菜は、返事をすることができなかった。ただ、叔父の視線を受け止め、全身を駆け巡る熱と、指先に残る冷たい感触のコントラストに、胸が高鳴り続けるのを感じていた。叔父の言葉が、まるで温かい指先のように、陽菜の肌に触れ、その言葉によって、さらに熱を帯びていく自分の体温を感じた。ラジオの音楽が、静かにフェードアウトしていく。二人の間には、言葉にならない、けれど確かな、恋の予感が満ちていた。陽菜の頬は、夏の熱よりもずっと熱く、真っ赤に染まっていた。

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